が、寺帳とはまた初耳だ。そんなものを調べたら、何のなにがし、娘が何人ござりますと、現世に生きている人間の人別がいちいちけえてあるんですかい」
「気をつけろ。お番所勤めをする者が、寺帳ぐれえをご存じなくてどうするんかい! 江戸に住まって江戸の人間になろうとするにゃ、ご藩士ご家中お大名仕えの者はいざ知らず、その他の者は、士農工商いずれであろうと、もよりもよりのお寺に人別届けをやって、だれそれ子どもが何人、父母いくつと寺受けをしてもらわなくちゃならねえおきてなんだ。さればこそ、まず四ツ谷から手始めに太田五斗兵衛のだんな寺へ押しかけて、やつに娘があるか、若い女の身寄りがあるか、その人別改めをするというのに、なんの不思議があるかよ。しかも、そのお寺までちゃんともう眼がついてるんだ。永住町なら町人は妙光寺、お武家二本差しなら大園寺と、受け寺がちゃんと決まっているよ。おいらの知恵がさえだしたとなると、ざっとこんなもんだ。どうです、あにい! 気に入ったかね」
「ちきしょう。大気に入りだ。あやまったね。恐れ入りましたよ。さあこい! 矢でも鉄砲でももうこわくねえんだ。駕籠屋! 駕籠屋! 何をまごまごとち狂っているんだ。大園寺だよ! 大園寺だよ! おいらもう尾っぽを巻いて小さくなっているから、ひとっ走りにやってくんな」
走らせて景気よく永住町のその大園寺へ乗りつけると、ものごし態度の鷹揚《おうよう》さ、あいさつ口上のあざやかさ、まことにみずぎわだった男ぶりです。
「許せよ。八丁堀同心近藤右門ちと詮議《せんぎ》の筋があるゆえ、寺社奉行さまのお許しうけてまかり越した。遠慮のう通ってまいるぞ」
不意の来訪にめんくらいながら、うちうろたえている小坊主たちをしり目にかけて、ずかずかと方丈の間へ通っていくと、貫禄《かんろく》ゆたかにどっかと上座へ陣取りながら、なにごとか、なんの詮議かというように怪しみ平伏しつつ迎え入れた方丈をずいと眼下に見下して、おのずからなる威厳もろとも、ずばりといったことでした。
「そちが住持か。役儀をもって、申しつくる。当寺の寺帳そうそうにこれへ持てい」
「はっ。心得ました。お役目ご苦労さまにござります。これよ、哲山。そそうのないように、はよう持参さっしゃい」
うやうやしくさし出したのを受け取って、目あての太田五斗兵衛の人別を巨細《こさい》に調べたが、しかしいない! 娘
前へ
次へ
全28ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング