のです。
「騒々しいね。せっかく楽しみのところへ、どなたに断わってはいりましたえ。少しばかり男ぶりがいいったって、目のくらむあっしじゃござんせんよ」
「ウフフフフ。やすでの啖呵《たんか》をおきりだな」
静かにいって微笑しながらずいとはいると、ずばり、あの生きのいい名人の名啖呵が見舞いました。
「おたげえ色恋がしたくて、こんなところをまごまごしているんじゃねえんだ。見そこなっちゃいけねえぜ。本所の一つ目にゃ目が一つしかねえかもしれねえが、むっつりの右門にゃできのいいやつが二つそろってるんだ。油っけのぬけたやつが、女衒《ぜげん》みてえなまねしやがって、何するんでえ。来年あたりゃ西国順礼にでも出たくなる年ごろじゃねえかよ。はええところ恐れ入りな」
「おいいですね。油けがぬけていようといなかろうと、大きなお世話ですよ。恐れ入ろとはなんでござんす。何を恐れ入るんでござんすかえ」
「へへえ。まだしらをきるな。むっつり右門の責め手も風しだいだ。凪《なぎ》とくりゃ凪のように、荒れもようとくりゃ荒れもようのように、三十六反ひと帆に張れる知恵船があるんだ。四の五のいや草香流も飛んでいくぜ」
「いえ、わたしが……わたしが何もかも代わって申します」
ことばを奪って横合いからにじり出たのは、きょうだいたちを置きざりにして、悲しいうきめを見させたあの中年増です。
「何から申してよいやら、まことに面目しだいもござりませぬ。ここまでお越しなさりましたからには、おおかたもう何もかもお察しでござりましょうが、女だてらにだいそれたさいころいじりをやって、お米の代なりとかせがせていただこうとしたのがまちがいのもとでござりました。それもなんと申してよいやら、人取りの蛇人《へびひと》に取られたとでも申しますのか、こちらのお絹さまは少しも知らないおかたでござんしたなれど、貧には代えられませぬゆえ、せっぱつまって人のうわさをたよりにご相談に上がりましたら、近いうちに千葉のほうからお金持ちのおだんなさまが参るはずゆえ、そのおりいかさまころでも使ってもうけたらよいと、たいへんご親切そうにおっしゃってくださったのでござります。それゆえ、わるいこととは知りながら、秘伝書をたよりに夜の目も眠らず、つぼいじりを覚えこみ、これならと思って夜具ふとんまでも売ってこしらえたお鳥目を元手にやって参りましたところ、もともとがしろうとの悲しさ、かえってお絹さんたちのいんちきにかかりまして、だんだんと借金がかさむうちに――」
「お黙り! お黙り! めったなことをおいいでないよ! かえってお絹さんたちのいんちきにかかったとは、どこを押すとそんな音がお出だね。ありもしないことを泣き訴訟すると承知しないよ」
きんきんとかん高にがなりながら、三つ輪のお絹が横からのさばり出て折檻《せっかん》しようとしたのを、
「うるせえや。舌抜いて、田楽《でんがく》にでもしておきな」
きゅッと名人が軽く草香流でその手をねじあげておくと、さわやかにいいました。
「よし、もうあとはわかった。かえってお絹たちのいんちきにかかり、だんだん借金がかさむうちに、金で払うことができねばからだで払えとでもいって、このろくでもねえいなかひひおやじと、そっちの四十ばばあの女衒《ぜげん》とふたりが、きょうまでおめえさんをここへ閉じこめて、毎日毎日責め折檻していたんだろう。どうだ。ずぼしは当たったはずだが、違うか、どうだ」
「あい、お恥ずかしいことながら、そのとおりでござります。心の迷いで、ついふらふらとばくちなぞに手は染めましたなれど、まだわたしは女の操までも人に売るはした女《め》ではござりませぬ。それゆえ、逃げよう逃げようと存じましてずいぶんと争いましたなれど、借金のあるうちはこっちのからだだとおふたりさまが申しまして、いっかな帰しませぬゆえ、子どもたちのことを案じながらも、つい今までどうすることもできずにいたのでござります」
「バカ野郎ッ。やい、いなかのひひじじいのバカ野郎ッ」
聞いてことごとく江戸まえの憤りを発したのは伝六でした。
「腹がたつじゃねえか。話を聞いただけでもむかっ腹がたたあ。つら見せろ。やい! バカ野郎ッ、つらを見せろ!――ちぇッ、なんてうすみっともねえつらしているんだ。そんな肥くせえつらで、江戸の女のそれもこんなべっぴんをものにしようったって、お門が違うぜ。ほんとにくやしくなるじゃねえか。おひざもとっ子のみんなになり代わって、おれが窮面してやらあ。ざまあみろ。もっとおとなしくしていろ。じたばたすりゃ、もっといてえめに会わしてやるぞ」
きゅうきゅうしめあげておくと、伝六のきょうの働きというものはおどろくくらいです。
「そっちのお絹のあまも同罪だ。きっとこりゃひひじじいと相談して、まんまとここへおびきよせてから、いん
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