とられて、さながらその傷口はざくろの実を思わするようなむごたらしさでした。
「ほほうのう。ちとこれは変わり種だな」
あごをなでなでじろじろと目を光らして、その人体を子細に見調べました。年のころは三十一、二。羽織はかまに幅広の大小、青月代《あおさかやき》を小判型にぐっとそりあげたぐあいは、お奉行からのお差し紙にもそれと明記してあったとおり、紛れもなくどこかの藩の禄《ろく》持ち藩士たることは、ひと目にして明らかです。藩士としたらどこの家中の者か、それがまず第一の問題でした。
「つじ番所のご仁!」
棒矢来をこしらえながら、必死とやじうまの殺到を制していた町役人のひとりを呼び招くと、名人は穏やかにきき尋ねました。
「いつごろからここにお見張りじゃ」
「知らせのあったのが明けのちょうど六つでござりましたゆえ、そのときからでござります」
「だいぶ長い間お見張りじゃな。ならば、もう市中へもこの騒動の評判伝わっていることであろうゆえ、うわさを聞いて心当たりがあらば、これなる仁と同藩家中の者が様子見になりと参らねばならぬはずじゃが、それと思われる者は見かけなんだか」
「はっ、いっこうにそのようなけはいがござりませなんだゆえ、じつはいぶかしく思うていたところなのでござります」
知らないために来ないのか、それとも知っていて来ないのか、知らないために来ないのならば問題でないが、知っていて来ないとすれば、これは考えるべき余地じゅうぶんでした。いずれの藩の者であろうと、おのれの家中の者が横死を遂げていると聞いたら、何をおいてもまず手続きを踏んで引き取りに来るべきが定法であるのに、知りつつわざと引き取りに来ないとすれば、そこに大きな秘密が介在するに相違なかったからです。――なぞを解くかぎも、またそこからというように、名人は烱々《けいけい》とまなこを光らしてうずくまると、おもむろにその身体検査を始めました。と同時に、鋭く目を射たものは、疑問の藩士の両手の指と手のひらに見える竹刀《しない》だこでした。
「ほほう、なかなかに武道熱心のかたとみゆるな。相当のつかい手がたわいなくやられたところを見ると――」
「え……? たわいなく眼《がん》がつきましたかい」
「黙ってろ」
しゃきり出てお株を始めようとした伝六をしかりしかり、名人はぶきみなのも顧みず死骸《しがい》に手を触れて、丹念にその傷口を見しらべました。やはり、いかほど調べてみても突き傷ではない。刺し傷でもない。がぶりと深くえぐり取った奇怪きわまる傷口なのです。――名人の面はしだいに青ざめて、しだいに困惑の色が深まりました。竹刀だこの当たっているほど武道熱心な者が、見るとおり両刀は腰にしたままで、鯉口《こいぐち》さえ切るひまもなくあっさりやられているところを見ると、この下手人はじつに容易ならぬ腕ききにちがいなかったからです。加うるに、突いたのでもない、刺したのでもない、切ったのでもないとすれば、いかなる凶器でえぐったか、それがまず第一のなぞです。
「ね、ちょいと。誉れのたけえあごなんだ。あごをなでなせえよ、あごをね。そろりそろりとなでていきゃ、じきにぱんぱんと眼《がん》がつくじゃござんせんか。なでなせえよ、かまわねえんだから。ね、ちょいと。遠慮なくおやりなせえよ。え? だんな! 聞こえねえんですかい」
うるさいやつがうるさくいうのを黙々と聞き流しながら、名人はぬっと手を入れてその懐中をしらべました。もし、懐中物でも紛失していたら、またそこに目のつけようもあったからです。――だが、紙入れはある。物取り強盗、かすめ取りのつじ切りでもないとみえて、小判が五枚と小粒銀が七、八ツ、とらの子のようにしまわれている紙入れがちゃんとあるのです。
「はあてね。五両ありゃ、はっぱ者なら一年がとこのうのうとして居食いができるんだ。この大将、身なりはいっこう気のきかねえいなか侍みてえだが、五両ものこづけえを、にこりともしねえで懐中しているところを見るてえと、案外|禄高《ろくだか》のたけえやつかも知れませんぜ。ね、ちょいと、違いますかい。え? だんな! 違いますかね」
しかし、名人は完全にむっつり右門でした。懐中物になんの手がかりも、なんの不審もないとすれば、百尺|竿頭《かんとう》一歩をすすめて、さらに第二第三のネタ捜しをしなければならないのです。不浄な品物をでも扱うように、黙々としてその紙入れをふたたび死人のふところへ返したせつな! ――ひやりと名人の手に触れたものがある。取り出してみると同時に、その目が烱々《けいけい》とさえ渡りました。奇怪とも奇怪、疑問の変死人の懐中奥深くから出てきた品は、そも何に使ったものか、じつにいぶかしいことにも武家には用もあるまじき一個のかなづちと、くるくると紙に包んだ数本の三寸くぎだったからです
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