りとなまつばをのんだままでした。
 半刻《はんとき》……。
 四半刻……。
 やがてのことに迫ってきたのは、屋の棟《むね》も三寸下がるというその真夜中の丑満時です。ゴーンと一つ鳴った。つづいてゴーンと二つめが鳴った。三つ、四つ、五つ、六つ、最後の八つめが鳴ってしまえば、丑の時参りが精根を傾けてのろい祈ると伝えられている、そののろいの時が来るのです――伝六の両足がぶるぶると震えだしたけはいでした。
 しかし、名人は身じろぎもせずに、じっと鬼気漂うやみの中を見すくめたままでした。
 刻! 一刻!
 さらに一刻! 二刻! そうして四半刻――。だが、なんの音もしないのです。足音はさらなり、くぎの音も金づちの音も聞こえないのです。と知るや、不意に名人がかんからと笑いだすと、投げすてるようにいいました。
「わはははは、とうとう今夜は待ちぼけくったか」
「え? なんですと! ね、ちょっと、ちょっと。な、な、なんですかい」
 同時に、伝六が爆発するように音をあげたのは当然でした。
「人をおどすにもほどがあるじゃござんせんか。気味のわるいいたずらをするっちゃありゃしねえや。あっしゃ三年ばかり命がちぢまったんですよ。おもしろくもねえ、待ちぼけくったとは何がなんですかよ。何を酔狂に、こんなまねしたんですかよ」
「おこったってしようがねえじゃねえか。向こうさまのごつごうで待ちぼけくわされたんだから、おいらに文句をいったって知らねえよ。またあしたという晩があらあ。さっさと帰りな」
「なんですと! あしたとはなんですかよ。急いでお手当しなくちゃならねえあば敬相手の大仕事じゃござんせんか。またあしたの晩があらあとは何がなんですかよ。けえらねえんだ。あっしゃけえらねえんですよ。人を茶にするにもほどがあらあ。下手人のつら拝ましていただくまでは、どうあったってここを動かねえんですよ」
「うるせえ坊やだな。むっつり右門とあだ名のおいらが、こうとにらんでの伏せ網なんだ。それほどだだをこねるなら、いってやらあ。おめえは朝ほど手に入れたわら人形の裏の文字を覚えているかい」
「つがもねえ。急という字があって、その下に巳年《みどし》の男、二十一歳と書いてあったじゃござんせんか。それがいったいどうしたというんですかよ」
「どうもこうもしねえのよ、なぞはその急の字なんだ。おめえなんぞは知らねえに決まってるがね。ありゃ
前へ 次へ
全35ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング