の江戸っ子がかんべんできるけえ。よくみろいッ。みなさまも鳴りを静めて聞いているじゃねえかッ。一、二年伝馬町の牢屋敷《ろうやしき》で涼みをさせてやらあ。――伝六ッ、伝六ッ、いいぐあいにつじ番所の連中が来たようだ。こののっぺりした三的を渡してやんな。おひざもとを騒がせた幽霊水の下手人だと申してな。札でも押っ立てながら、江戸じゅうを引きまわすようにいってやんな。そうすりゃ、ぬれぎぬ着せられた江戸屋江戸五郎も、あすからどっと人気が盛り返そうよ」
「ちげえねえ。ざまあみろいだ。やけにまたきょうは涼しいね」
 わッというようにはやしたてた土間いっぱいの見物の中を、ゆうゆうと押し分けながら肩を並べて外へ出ると、やはり伝六は伝六です。にたりとしながら、なぞをかけました。
「だが、しかし――」
「だが、しかしがなんだよ」
「いいえね、表へ出ると急に暑くなったというんですよ。だからね、どうでござんすかね。なにも陰にこもるわけじゃねえが、そもそもこのあな(事件)はあっしのところへころがり込んできたんだ、といったようなわけだからね、てがらのおすそ分けに、さいわい両国までは遠くねえし、屋形船かなんかを浮かべて、ぱいいち涼み酒とはどんなものかね。油をぬいた江戸っ子好みのかば焼きかなんぞを用いてね。どうですね、いけませんかね」
「生臭食ったら辰《たつ》が泣くよ。だいいち、さっきの精霊《しょうりょう》だながまだでき上がっていねえじゃねえか。早くこしらえておいてやらねえと、あしたの晩やって来ても、寝るところがねえぜ」
「ちげえねえ、ちげえねえ。なるほど、それにちげえねえや。とんだ忘れ山のほととぎすだ。辰め、まごまごしやがって、上方へでも迷って出りゃたいへんだからね。おうい、かごや。きょうはおいらが身ぜにをきって乗るんだ。ぱんぱんと八丁堀まで雲に乗って飛んでいきな――」
 二つの駕籠《かご》を追いかけて、江戸屋江戸五郎の小屋から、景気よく客寄せのはやし太鼓が、風に送られながら伝わりました。



底本:「右門捕物帖(三)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:小林繁雄
2000年4月8日公開
2005年9月21日修正
青空文庫作成ファイル:
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