じれているところへ、おっこちているドスをさしてみな」
「はあてね、――よよっ。こりゃ妙な仕掛けだ。ぴったり、ドスがはまりますぜ」
「それがわかりゃ、死人に口はなくとも手品の種はとけるはずだよ。まず、われ思うにだ、どうして死なねばならなくなったかは二の次として、なかなか二三春べっぴんゆかしいじゃねえか。さすがは糸の音締めで名をとった江戸女だよ。しょせん死なねばならぬものなら、日ごろ自慢の渋いのどで、この世のなごりに思いのこもったゆかしい一節をでも語りながら、心の清く澄んだところで、身ぎれいに果てようと、われとわがうしろ背をその柱に結わいつけた匕首《あいくち》にぶすりとやったやつが、がっくり前へ三味線をかかえて身はのめる、その拍子にドスが抜けて下におちる、魂は飛んで極楽へといった寸法だと思うが、むっつり右門の眼は狂ったかね」
「ちげえねえ。暑気に会っても、知恵にかびのはえねえのは、さすがにおらがだんなだ。そういや、二三春の両手の手首に、麻なわででもくくったらしいくくりあとのあるのも不思議じゃござんせんかい」
「それよ。さすがにおめえも一の子分だけあって、あごの油の切れねえのは豪勢だ。なぞを解くすべてのかぎは、まさにその手首に見えるくくりあとだよ。こうなりゃ、もうおれの眼はすごいんだ。これだけのべっぴんが、ただ死ぬはずはねえ。何かいわくがあって江戸紫の命を断ったにちげえねえから、家捜しやってみな」
「ちくしょうッ、なんとも気に入ったことをおっしゃいましたね。こうなりゃおれの眼はすごいんだとは、またいかにもうれしくなるせりふじゃござんせんか。べらぼうめ。おいらの眼だっても、こうなりゃなかなかにすごくなるんだ。ほんとに、どうするか覚えてろ」
捜しているうちに、はしなくも見つけ出したのは、そこの縁起だなの上になにごとか秘密を包みながら、子細ありげに置かれてあった変なものです。まことに変なものという以外いいようのないほども変なものです。
「ざまあみろ。ざまあみろ! あるんですよ。あるんですよ! ここに変なものがあるんですよ。あッ、いけねえ。だんな、だんな。血だ、血だ。血がしみ出ている紙包みですぜ」
「なに!」
近よってのぞいてみると、いかさま、ふところ紙の一束の外にまで、べっとりと黒ずんだ血がにじみ出た、いぶかしい小さな包みがあるのです。しかも、それが不思議なものの前に、なぞのごとく置かれてあるのでした。江戸絵なのです。それもただの江戸絵ではない。若衆歌舞伎十二枚のうち、江戸屋江戸五郎|胡蝶《こちょう》物狂いの図と、彫り書きの見える一枚刷りの大にしき絵の前に、供え物のごとくに置かれてあるのです。
「あけてみろ」
命令とともに、伝六がおそるおそるあけてみるやいなや、名人もろとも、あッと声をたてました。血のにじみ出ていたのも道理、中から出たのはまさしく人のなま指なのです。それも小指なのだ。あきらかに歯で食い切った男の小指なのです。
「なぞはこれだな。みせい、みせい」
ぶきみもかまわずに取りあげて見調べていましたが、とたんに名人のさえまさった声が放たれました。
「まさしく、役者の指だ。つめの間をみろ。おしろいがしみ込んでいるじゃねえか。江戸五郎の一枚絵にこれを供えてあるたア、二三春も存外の知恵巧者だぜ。行く先ゃ奥山だ。奴凧《やっこだこ》のようになってついてきな」
紙ごと小指を懐中すると、ひた急ぎに急いだ先は、真夏の真昼の焼きつける暑さもなんのそのと、今が人の盛りの奥山の、見せ物小屋が軒を並べたその一郭です。しかも、ずかずかとはいっていったところは、水芸若衆歌舞伎と大のぼりの見える江戸屋江戸五郎の小屋でした。
「ちょっと、ちょっと。こんな人けもねえような小屋に、なんの用があるんです。鬼娘じゃあるめえし、食い切った小指の詮議《せんぎ》なら、江戸五郎は見当ちげえじゃござんせんかい。いかに二三春がとち狂ったにしても、ほれてほれてほれぬいた男の小指を食いちぎるはずあねえですぜ」
「うるせえや。死人に口がありゃ、こんな苦労はしねえんだ。黙ってついてきな」
どんどんはいっていくと、ちょうど幕のあいていたのをさいわい、土間の片すみからその鋭いまなこを送って、おりから水芸所作事に踊り舞っている江戸五郎の両手の先をじっと見調べました。しかし、あるのです。右にひるがえし、左に返す両手には、いずれも五本の指が満足にあるのです。
と見るや、名人はどんどんまた引っ返していって、大坂下り若衆歌舞伎と大のぼりの上がった嵐三左衛門の小屋の中へ、かまわずに押し入りました。ここはまえと違って、いかさま、江戸のお盆人気をひとりで占めているらしく、わんさわんさの大入り繁盛です。しかも、舞台にきらびやかな大身の槍《やり》を擬しながら、槍六法を踏んでいたのは、まぎれもない座頭《
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