きりと丹念に見しらべていましたが、何を理由に看破したものか、にやりと微笑すると、ことごとく伝六を驚かしていいました。
「せっかくお楽しみのようだが、このご用主はおばあさんだぜ」
「何を途方もねえことおっしゃるんですかい! だから、女ぎれえは自慢にならねえというんですよ。はばかりながら、色模様にかけちゃ、あっしのほうがちょっとばかりご無礼しているんだからね。あらあらかしこなぞと若々しい止め文句を使う年寄りのばんばあが、どこの世界にあるんですかい。論より証拠、行ってみりゃわかるんだ。いらっしゃい! いらっしゃい! すぐさまご入来願わしくとあるんだから、早いところおいでなさいましよ」
 素足に雪駄《せった》、巻き羽織のしのび姿で、いななき勇む伝六を従えながら、それなるご用主の内藤家へ行きついてみると、しかるにこれがなんともふつごうなことに、名人の看破したとおりなのです。
「あッ、ようこそ。ご隠居さまがさきほどから、まだかまだかと、たいへんにお待ちかねでございますゆえ、お早くどうぞ――」
 門のところから若党ふうの小者があわただしげに顔を出して、あきらかにご隠居さまといいながら、その間も待ち遠しいように、屋敷のうちの木立ちがくれになったお組屋敷の一軒へいざなっていったものでしたから、女のことにかけては大きに目の肥えているはずの伝六が、すっかりかぶとをぬいでしまいました。
「へへえね。ちっとばかりあきれたな。当節のご隠居さまは、血の道がおかれあそばしましても、ひと筆しめしまいらせそろなんて、いろっぽいお手紙をお書きなさるのかね――」
 腑《ふ》におちかねるようにひねりはじめた首の前へ、名人がこれを見ろといわぬばかりで、にやりとやりながら黙ってさし出したのは、先刻のあの書面です。
「なんです? どこかにご隠居さまが書いたっていう判じ絵でもあるんですかい」
「あいかわらず手数のかかるやつだな。このご書面の紙をみろな。もみくちゃになったやつを、火のしかなんかで伸ばしたようなこじわが、たくさんついているじゃねえかよ。いろけ盛りの若い女だったら、こんなつましいまねはしねえもんだよ。お年寄りだからこそ、捨てるももったいないと、丹念にしわをのばして、巻き紙に使ったんだ。目を変えろ、目玉をな。ねずみおどしにぴかぴか二つ光らしているんじゃねえんだから、今度ついでがあったら、神田の鍛冶《かじ》町へでもいって、もっとドスのきく目玉に打ち直してもらってきなよ」
 着眼するところ、つねにかくのごとく細密鋭利、しかも相手がまたことばのとおり、懐紙一枚たりともむだにはしまいと思われるような七十あまりの、一見するに内藤家老職のご後室さまといったようなみだしなみも好もしい切り下げ髪のお上品なご隠居さまでしたから、その慧眼《けいがん》の鋭さには、何度舌を巻いても巻ききれないくらいです。いや、事実相手のご老体は、駿河守《するがのかみ》家老職のご後室さまなのでした。
「お忙しいところを、ようこそいらせられました。当屋敷の側《そば》用人を勤めおります渡辺助右衛門《わたなべすけえもん》の母めにおじゃります。さっそくじゃが、不審はあれなる品でおじゃりますゆえ、とくとお調べくださりませ」
 ことばゆかしく請《しょう》じながら、いっときも待ちきれないというように、そこの床の間に飾ってある桃の節句の祝い雛《びな》を指さしたので、静かに見ながめると、なにさまちと不審なのです。あるべきはずの内裏雛がそろっていない! 矢大臣も、官女も、庭侍も五|人囃子《にんばやし》もほかの雛人形に異状はないが、肝心かなめの内裏雛が片一方の親王家ご一人だけで、お相方のみ台さまが欠けているのです。
「盗難にお会いなすったのでござりまするか」
「いいえ、それだけのことなら、わざわざお呼びたてすることはござりませぬが、ちとこみ入っておじゃりますのでな、これなる雛のいわれから先にお話しいたしましょう――」
 うれわしげに老眼をしばたたきながらこまごまと語りだしたところによると、いかさま少々どころか、大いにいわれ因縁のある雛でした。――ご後室に春菜という孫娘があって、これがちょうど十八歳、内藤小町とうわさが高いほどな美人だそうなが、七つの年に同家中の重役古島|五郎左衛門《ごろうざえもん》の長子六郎次といいなずけの縁を結び、その約束の印にと、右古島家に歴代伝わる内裏雛を二つにわかち、娘の里のほうへはのちの夫婦《めおと》の契りを現わし、約束誓言を堅く守らせる意味から男雛《おびな》の親王さまを分け与え、古島家そのもののほうにはこれまた行く末先の女夫《めおと》を誓い、うれしい契りの日のよきお輿入《こしい》れを一日も早かれと待ち願う意味から、女雛《めびな》のみ台さまを残しておいて、娘の春菜は男雛を、せがれの六郎次はまた女雛を、それ
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