まがい雛じゃと、あのとおり羽がはえて、てまえのまがい作りが売れましたのでございます」
「なるほどな。うそとも思えぬ話のようじゃが、では、それなる頼み手が、真物の古島雛を携えてまいって、そのほうに見せたうえ、雛型をとらしたと申すか」
「いいえ、それがちっと変なんでございますよ。頼んだおかたは手ぶらのままお越しになって、いきなり古島雛をこしらえろとおっしゃいましたゆえ、いくらまがいものでも、手本の真物がなくてはと、はじめは二の足を踏みましたんですが、名の高いもの、天下に知られたご名品は、何によらず暇のあるかぎり見ておくものでござります。じつは、二年ほどまえ、ふとした手づるから真物を古島様のお屋敷で拝見したことがございましてな、やはり神品となると、後光がさすとでも申しますか、そのおり拝ましていただいた一対の雛、形、まゆの引き方、鼻のかっこうのみごとさは申すに及ばず、着付けの色のほどのよさまでが目に焼きつき、あとあとも夢に見るほど心の底から離れませなんだゆえ、ご注文の男雛はもとより、あとからこしらえて売りに出した女雛そろっての一対も、そのときのわたしの心覚えをたどって、着付けの金襴もようやく似た品を捜し出し、ああして売り出したのでござります」
「しかし、ちと不審じゃな。それならば、なにもそなたには後ろ暗いところはないはず。にもかかわらず、売り込みに参ったみぎり、人を替え使いを替えて、ひた隠しに正体隠そうとしたのは、なんのためじゃ」
「お疑いはごもっともでござりまするが、古島雛は天下の名宝、二つとないその名宝に、まがいものながら似た品がたくさん世に出たとあらば、真物にも傷がつく道理でございますゆえ、それがそら恐ろしかったのと、金がほしさに桃華堂無月がまたにせものをこしらえたといわれるが悲しさに、わざと名も隠し、正体も隠したのでござります」
「いかにもな、一寸の虫にも五分の魂、偽作のじょうずにも名人気質というやつだな。しからば、その頼み手じゃが、男雛ばかり一つというような変な注文したのは、どこのなんというやつだ」
「…………」
「ほほう、肝心かなめのことになったら、急に黙り込んだな。しかし、いくら隠しても、こいつばかりはいわさなきゃおかねえぜ。どこのだれから頼まれたんだ」
「…………」
「ふふん、いわねえな。いわなきゃ手があるぜ。裏表合わすりゃ九十六手、それで足りずばもう一つ右
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