服町に京屋と清谷といううちが二軒、浅草の田原町《たわらまち》に原丸という家が一軒、つごう三軒がいま江戸で京金襴ばかりをひと手にさばいている店のはずだから、きょときょとしていねえで、早いところいってきな」
「ようがす! ちくしょうめ! 盗み出す品に事を欠いて、因縁つきの思い雛に手をかけやがったから、かわいそうにお姫さまたちが泣きの涙で雲がくれあそばしたんだ。むろんのことに、だんなは八丁堀へけえって、あごをおなででござんしょうね」
「決まってらあ」
 遠いところから先にと、伝六は浅草田原町へ、名人はお組屋敷へ、――表はうらうらとなおうららかな桃びよりでした。

     3

 かくして待つこと小|一刻《いっとき》――
「ざまあみろ! ざまあみろ! 眼《がん》だッ! 眼だッ。ずぼしですよ!」
 なにもざまをみろといわなくてもよさそうなのに、ひとたび伝六がてがらをたてたとなると、じつにかくのごとくおおいばりです。しかも、その啖呵《たんか》がまた、いいもいったり――。
「だんなの口まねするんじゃねえが、まったくべっぴんというやつも、ときにとっちゃ目の毒さね。ほんとにたわいがなさすぎて、あいそがつきらあ。人形師の野郎がね――」
「眼的《がんてき》か」
「的も的も大的なんです。浅草の原丸も、呉服町の清谷も、最初の二軒はしくじったからね、心配しいしい三軒めの京屋へ洗いにいったら、あのまがい雛《びな》の着付けとおんなじ金襴を百体分ばかり、人形師の野郎が自身でもって買い出しに来たというんですよ。しかも、買うとき味なせりふをぬかしやがってね、こういうものは人まかせにすると、気に入ったのが手にへえらねえからと、さんざんひねくりまわして買ってけえったといやがったからね、能書きをぬかしたところをみるてえと、いくらか名人気質の野郎かなと思って探ってみたら――」
「桃華堂の無月だといやしねえか!」
「気味がわるいな。そうなんですよ! そうなんですよ! 四ツ谷の左門町とかにいるその桃華堂無月とかいう野郎だというんですがね。どうしてまた、そうてきぱきと、いながらにして眼《がん》がつくんですかね」
「またお株を始めやがった。むっつりの右門といわれるおれが、そのくれえの眼がつかねえでどうするんかい。いま江戸で名の知れた雛人形師のじょうずといえば、浅辰《あさたつ》に、運海に、それから桃華堂無月の三人ぐれえ
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