ね。どう考えてみても、男の気違いが子どもを産むはずはなし、よしんば産んだにしても、二十三、四のわけえ野郎に十をかしらの子どもが三人もある道理はねえんだから、そりゃこそ大事件だとこういうことになって、おらがだんなはお出ましにならねえし、だれにしよう、かれにしようと、人選みをしたあげくがくやしいじゃござんせんか。あばたの大将にそのおはちが回っていったと、こういうんですよ」
 いかさま、松の内そうそうに容易ならぬ怪事件です。しからば一つ、――大きくいって、ずっしりとあの蝋色鞘《ろいろざや》を落とし差しにしながら、すぐにも立ち上がるだろうと思われたのに、だが、名人は事の子細を聞き終わると、何を考えたものか、フフン、――というように微笑しながら、そのままごろりと横になってしまったものでしたから、鳴り屋の千鳴り太鼓がすさまじい音をあげてがみがみと鳴りだしました。
「ちぇッ。何がお気に入らねえんですかい! 人がせっかくこの寒い中を汗水たらしてかぎ出しにいってきたのに、フフンはねえでやしょう! どこがお気に入らねえんです! この伝六のどこがお気にさわったんです!」
「…………」
「そりゃね、あっしがきいたふうな漢語なんぞ使うのはがらにねえですよ。ええ、ええ、そうです。そうですよ。どうせ伝六は無学文盲なんだからね、さぞかしお気にもさわったでござんしょうが、しかし、ありゃ講釈師がいったんだ。常人の狂えるは憎むべからず、帝王の心狂えるは憎むべしとね。だんなだってそう思うでしょう。この伝六やあばたの敬大将が気違いになってるぶんなら驚きゃしますまいが、松平のお殿さまやお将軍家が気違いになったと思ってごらんなせえまし、右門、前へ出ろ、そのほうはむっつりといたして気に食わんやつじゃ、手討ちにいたすぞ、としかられたってしようがねえじゃござんせんか。だから、それをいうんだ。大きにもっともだと、それをいっただけなのに、フフンとはなんです!」
「…………」
「ね! フフンとはなんですかよ! しかもだ、並みの人間が殺されたんじゃねえ、かわいい子どもが三人も手にかかってるんだというんですよ。おまけに、あばたの大将がわざわざいやがらせをいいに来ているんじゃねえですか! 何が気に入らねえんです! 伝六の話のどこがお気に召さねえんです!」
 しかし、名人がいったんこうしてごろりと横になりながら、ひとたびその手があ
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