計らいでした。
「晴れの勝負に、そなたもその短いわきざしでは不自由でござろう。使い納めに、こちらをお持ちめされよ」
手にしていた千柿鍔の長刀を四郎五郎左衛門に投げて渡すと、
「さ! 伝六ッ。おまえはこれを使え!」
みずからの腰の細身の蝋色鞘《ろいろざや》を抜いて渡して、
「小梅さんは、こちらをお使いなさいまし」
短い腰の小刀をも、父のあだ討つ小梅に手渡しながら、本人はまったくの無腰。しかも、ゆうぜんとしていうのでした。
「さ! 両名とも、かかれッ」
声に、伝六、小梅が必死に構えましたが、腕が違うのです。三品流の達人とは、いかさまそのとおり。
「このようななまくら腕で、かたき討ちが片腹痛いわッ。きのどくながら、返り討ちだぞッ」
あざ笑いながら四郎五郎左衛門が、まず伝六から先にといわぬばかりにいどみかかってきたのを、
「見そこなうなッ。右門がすけだちしているんだッ」
ずばりというや、おどり込みざまに無敵無双の草香流です。パッときき腕とって、ねじ上げながら、体をひねると岩石おとし! あおがえるのように雪の上へ、四郎五郎左衛門が長々とのめったところを――左から小梅が一刀! 右から伝六がひとたち!
「おう! みごとであるぞ! 両人ともみごとであるぞ!」
降りしきる雪の中に、おしのび姿で馬上から見守っていられた宰相伊豆守の口から、期せずしておほめのことばがあがりました。
がっくりうなだれて、気も遠くなったように伝六が、ややしばしぼうぜんとしていましたが、ようよう目のかすみがとれたものか、
「わッ。切れましたか! 切れましたか! あっしが切ったんですか! 切ったんですか? 辰ッ、辰ッ。魂魄《こんぱく》があったらよう聞けよ! 討ったぞッ、討ったぞッ。おめえのかたきは、この伝六が、たったひとりで、たしかに討ったぞ!」
たったひとりで、というところにひときわ力を入れて叫ぶと、わッと雪の上に泣き伏しました。喜びに耐えられないもののように泣き伏しました。――父のかたきを討った小梅も共に同様、よよと雪に伏しました。
名人もまた同様、しずかにこうべをたれると、そっと目がしらを押しぬぐいました。
その三人の姿の上へ、そして四郎五郎左衛門のむくろの上へ、そしてお感慨深げに、黙念と馬上から見守っていられる宰相伊豆守のおしのび姿の上へ、馬首を並べてご警固申し上げている美小姓釆女の前髪姿の上へ、深夜の雪がおやみなく、しんしんと降りそそぎました。
底本:「右門捕物帖(二)」春陽文庫、春陽堂書店
1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
※誤記は、『右門捕物帖 第二巻』新潮文庫と対照して、訂正した。
入力:tatsuki
校正:はやしだかずこ
2000年4月20日公開
2005年9月20日修正
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