ますまい。いずれにしても、かような太刀《たち》を辰の手に残しておいたはなによりさいわい、これを手がかりにいたさば、おっつけ下手人のめぼしもつきましょうゆえ、とくと見調べまするでござりましょう」
 取りあげて錵《にえ》、におい、こしらえのぐあいを、巨細《こさい》に見改めていましたが、その目が鍔元《つばもと》へ注がれると同時に、ふふん――という軽い微笑が名人の口にほころびました。
「わかったか!」
「たぶん――」
「なんじゃ!」
「この鍔《つば》をごろうじなさりませ。まさしく千柿《せんがき》名人の作にござりまするぞ」
「なに! 千柿の鍔とな」
 伊豆守の驚かれたのも当然――当時千柿名人の千柿の鍔といえば、知る人ぞ知る、知らぬ者は聞いておどろく得がたい鍔だったからです。住まいは目と鼻の先浅草|聖天町《しょうでんちょう》、名人かたぎも名人かたぎでしたが、読んで字のごとく、鍔の裏と表に柿の金象眼を実際の数で千個刻みつけるために、早く仕上がって一年半、少し長引けば三カ年、したがってそのこしらえた今までの千柿鍔も、六十歳近いこのときまでに、せいぜい十個か十五個くらいのものでした。作品の数が少なければ、値段は高い! 値段が高価ならば、少禄《しょうろく》の者ではまず手中しがたい! しがたいとするなら、いうまでもなく高禄の者が、それもよほどの数寄者《すきしゃ》好事家《こうずか》が、買うか、鍛《う》たせたかに相違ないのです。相違ないとするなら――。
「伝六ッ」
「できました!」
 いつのまにか敏捷《びんしょう》に借り出してきたとみえて、棒はなをそろえながら待っていたのは、お陸尺《ろくしゃく》つきのお屋敷|駕籠《かご》が二丁――。
「暫時拝借させていただきとうござります!」
「おう! いかほどなりとも!――吉報、楽しみに待ちうけているぞ!」
 宰相伊豆守のおことばをうしろに残して、手がかりとなるべきそれなる千柿鍔の一刀をかかえ持ちながら、ごめんとばかり駕籠の人となると、主従ふたりは、今なお降りしきる雪を冒して、千柿老人の住まいなる浅草へ! 聖天町へ!

     3

 行きついたとき、初更のちょうど五ツ――
「ここだッ。ここだッ。ここが千柿老人の住まいでこぜえます! 今度ばかりゃ、いかなどじの伝六でもへまをするこっちゃねえから、あっしに洗わしておくんなせえまし! 石にかじりついても辰のか
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