うじゃが、それにしても不審は、両名が何をもとに争ったかじゃ。弓を取りに参った辰九郎に争うべき筋があるとも思われず、専介とても辰九郎にいどみかかるべき節があろうとも思われぬのに、かく相討ち遂げているとは気がかりゆえ、じゅうぶん心いたして、一世一代の知恵ふるってみい!」
いわれるまでもない! おのが配下の辰九郎が、――宰相伊豆守の推挙によって配下となったその辰が、推挙をしてくれた伊豆守のご家臣と、かようないぶかしき刃傷の相討ちを遂げているとは、まさに容易ならぬ事件です。ただ一つ恨むらくは、発見したという朝の五ツから、この宵《よい》六ツすぎまで、少しく時のたちすぎているのが心がかりでしたが、こと、それと決まらばなんのちゅうちょがあろう! つづいて急務は二つの死骸《しがい》の検証です――。名人は短檠《たんけい》を片手にすると、いまだにしんしんとおやみなく降りしきる粉雪を浴びつつ、やおらふたたび庭先に降り立ちました。
その顔の青さ!
その決意の強さ!
ぶきみにぼうっとあかりさす短檠を片手にかざして、降りしきる雪の庭にたたずみ立った名人右門の姿は、さっそうというよりむしろ凄艶《せいえん》でした。いや、凄艶であるべきが当然です。何がゆえに、わが配下の辰と、恩顧ある名宰相のお禄人《ろくびと》とかように争い、かように相討ち遂げたか、その原因たる事の起こりのいかんによっては、おのが身の進退にも及ぶべき重大事だったからです。
伝六とてもまたしかり! 百鳴り 千鳴り、万鳴りのあいきょう者も、おのが弟分にかかわりある事件とあっては、鳴る太鼓も日ごろのように朗らかな音が出ないものか、それきり音止めをやって、かたずをのみながらじっと見守りました。
名人は静かに歩みよると、まず見ながめたのは、ふたりの肩口の傷です。それから、両名が握りしめている太刀《たち》――。つづいて両人の位置。互いに顔を向き合わせるようにして、うち倒れているその位置です。以上の三点を林のごとき静けさを保って短檠のあかりをさしつけながら、巨細《こさい》に見調べていましたが、そのうちに、ピカリと、真にピカリと、名人の目がさえ渡るや同時に、
「よッ!――」
力のこもったよッという叫びが漏れました。
「なんぞあったか!」
「…………」
「なんぞ、調べのついたことがあるか!」
「はっ。ござります! たしかにござります!」
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