こうにわからぬゆえ、なにはともかくと、急いでそのほうを呼び招いたのじゃ。じつは、そちたちも知ってのとおり、この屋敷から小石川のほうへ弓を届けるよう命じたのに、これなる辰がいつまで待ってもお矢場に持参せぬゆえ、ようやくご用を済まし、不審に思いながら、ほんのいましがた帰ってまいったところ、このような仕儀になっていたのじゃ」
「お耳に達しましたのは、いつのことにござります」
「帰邸いたすとすぐさまじゃ」
「たれがお知らせ申し上げたのでござります」
「あの者じゃ――ほら、聞こえるであろう。あれが知らせた当人じゃ」
 いわれたそのことばとともに、そのとき、ぴたりと障子をしめきった暗い家の中から、急に情が迫りでもしたかのごとく、よよと忍び音に泣き忍ぶ人の声が漏れました。
「女でござりまするな。何者にござりまする」
「こちらに倒れている古橋|専介《せんすけ》のひとり娘じゃ。あれなる者が最初にこのさまを見つけ出し、わしにも知らせた本人ゆえ、遠慮のう尋ねてみい」
 最初に発見した者がその娘とするなら、いうまでもなくまず尋問してみるべきが事の第一です。名人はちゅうちょなく座敷へ押し上がりました。
 それとともに、暗かったへやの中には、けはいを知った娘の手によって、あわただしく短檠《たんけい》がともされ、じいじいと陰に悲しく明滅するあかりのもとに、その姿のすべてがパッと浮かび上がりました。――年のころはまだ咲ききらぬつぼみの十五、六歳。少禄《しょうろく》の者らしいが、容姿ふぜいは目ざむるばかり。しかも、それが泣きぬれているだけに、ひとしおの可憐《かれん》をまして、そのういういしさ、あどけなさ、一指を触るればこぼれ散りはしないかと思われるほどの美しさでした。
 むろんのことに、押し入った以上、すぐにも尋問が始められるだろうと思われたのに、しかし、いつものあの十八番です。見るような、見ないような目で、じろじろと小娘をながめていましたが、やがてずばり右門流でした。
「そなた、きょう寺参りに行きましたな!」
「えッ――」
 というように、ぎょッとなったのを押えてずばり――。
「身にお線香がしみついているは、たしかにその証拠じゃ――。のう、このとおり、どのようなことでも見通すことのできるわしゆえ、隠してはなりませぬぞ。見れば、家人とてはそなたおひとりのようじゃが、墓参りに行ったはお母ごか」
「あい
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