のなんだ。じゃ、辰の野郎をすぐひっぱってめえりますから、ちょっくらここでお待ちくだせえましよ」
 しかるに、どうも伝六というやつは、なんと考えてみても変な男です。すぐに辰をひっぱってくるといったにかかわらず、駆けだしていってから、かれこれも半刻《はんとき》近くにもなるのに、どうしたことかなしのつぶてでしたから、物に動じない名人もいささか腹をたてて、いぶかりながらふたりのお小屋へ自身迎えにいってみると、様子が少し妙でした。そうでなくても小さいお公卿さまが、いっそうからだを小さく固めて、そこの座敷のそれもすみのほうにちんまりとお上品にかしこまりながら、だれか人待ち顔に、いたってぼんやりとしていたものでしたから、あっけにとられてきき尋ねました。
「兄貴ゃどうしたい」
「え?」
「伝六太鼓はどこへ逐電したかってきいてるんだよ」
「それが、じつはちっとのんきすぎるんで、あっしもさっきから少しばかり腹だてているんですが、半年のこっちも一つ釜《かま》のおまんまをいただいているのに、兄貴の了見ばかりゃ、どう考えてもあっしにわからねえんですよ」
「やにわと変なことをいうが、けんかでもしたのかい」
「いい
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