なきゃ両国から袈裟切り太夫をつれてきて、けだもの責めにしてやってもいいが、それまでホシをさしてもまだしらをきるつもりかい」
「…………」
「手間のかかる親方だな! じゃ、いっそことのついでに仙市座頭を呼びよせて、無実の罪を着せようとした一件を対決させてみせようかッ」
 それまでぴしぴしと右門流にたたみかけられたのでは、いかなる金八も責め落とされたのは当然なことです。
「あいすみませぬ。何もかもおめがねどおりてまえの仕組んだ狂言でござります」
「そうだろう。このきのどくなめに会わされたおかみさんと年が違いすぎるところから察するに、おそらくおまえはあとから入り婿にへえったやつとにらんでいるが、違ったか!」
「そのとおりでござります。ゆうべ鳴らした鼓のことまでお調べがついているご様子でござりますゆえ、隠さずに昔の素姓も申しますが、じつはお恥ずかしながら、さる使いをなりわいにいたしておりました卑しい身分の者でござります。それで因果とでも申しますか、少しばかり人がましいつらをしておりますんで――と申しちゃうぬぼれているようでございますが、どうしたことやら、こちらのこの仏がてまえを気に入ったと申して、二、三度夜の内座敷を勤めているうちに、どうしても入り婿となれとこんなにせがみましたんで、てまえがご家人の株を買った体につくろい、井上金八と名のってこの屋のあるじになったんでございます。なれども、魔がさしたとでも申しますか、ちょうどてまえが入り婿になりましたのといっしょに、こちらのこのお葉めが女中となって参り、ついしたことから仏となったこの者の目をかすめて、ねんごろになったのが身のあやまち――一方は恩こそあっても年は上だし、それにぶ器量、お葉のやつはまた因果と水のでばなの年ごろでござんしたので、だんだんと目にあまるような不義がつづくうちに、けんかはおきる、内はもめる、毎夜のように癪《しゃく》はおこす――」
「だから? いっそ毒くらわばさらまでと、殺す気になったのかい」
「は……、殺して、まんまとご家人のこの株を奪いとり、お葉を跡に直してと思ったんですが、いかにむしの好かぬ女であっても、一年あまりなめるほどもかわいがってくれた相手でございますゆえ、自分が手を下すのもむごたらしいし、といってまごまごすれば追い出されそうだし、ところへたまたま耳に入れたのが両国のあの袈裟切り太夫のうわさでござりました。たいそう真に迫った人切りの狂言を踊りぬくという評判でございましたゆえ、こいつさいわい、昔覚えたさる使いの腕を使って、あの雄ざるをつれ出し、ひと狂言うたせようと、ゆうべ松平様のお屋敷からこっそり抜けてかえり、鼓一つで両国からさるをここまでおびき出し、すやすやと眠っていたこの仏をば袈裟御前に見立てさせて、小柄《こづか》でプッツリと、舞台の狂言を地に踊らしてひと刺しに刺させたのでござります。なれども――」
「よし、わかった! わかった! 鼓一つでさるを使い、まんまと殺させるには殺させたが、もし見破られちゃたいへんと、仙市座頭に罪を着せようとしたのかい」
「あいすみませぬ。べつにあの仙市が憎いというわけではござんせんが、ちょくちょくもみ療治に参り、だいぶこの仏とも親しくしておりましたゆえ、よくない関係でもあったためにあの座頭が刺したんだろうと世間さまに見せかけるつもりで、殺してから知らぬ顔でお葉めを呼びにやらしたのでござります。ありようしだいはかくのとおり、もうじたばたはいたしませぬ……すっぱりと、あすにでもすっぱりと打ち首にしてくだせえまし。どうせない命なら、せめての罪ほろぼしに、この仏といっしょに冥土《めいど》へ参りとうござります……」
「気に入った! 人を殺したなあ気に入らねえが、罪をほろぼしに冥土へいっしょにいきてえたあ、おめえも存外善人かも知れんよ。だが、来世はもっとぶおとこに生まれて来なよ。ろくでもねえやつが、つらばかりりっぱだって、それこそ顔負けがするんだからな――じゃ、伝六あにい! このお葉も当分暗いところで日を送らずばなるまいから、いっしょに早くしょっぴく用意をしなよ」
 しかるに、伝六あにいがまた右に左にそろそろと首をひねりかけようとしたものでしたから、押えて名人がずばり。
「わかった! わかった! ひねらなくともわかっているよ。さると聞いて、なぜにまた袈裟切り太夫にホシをつけたか、そいつがふにおちねえというだろうが、だからいわねえこっちゃねえんだ。どろぼうを見てなわをなうんじゃあるめえし、あわてて髪床や朝湯に行くひまがあったら、さるしばいも見ておくもんだせ、見たからこそピンと否やなく眼がくるんだからな、どうだい、これで堪能《たんのう》したかい」



底本:「右門捕物帖(二)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装
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