ちんまりとした善光寺辰が、風船玉のように飛び込んだあとから名人はゆうゆうとはいっていくと、まずお公卿さまに命じました。
「目ぢょうちんだッ。目ぢょうちんだッ。はええところ辰公! 見当つけろッ」
「つきました! つきました! 床の間の前におりますぞ」
「一匹か。それとも、眷族《けんぞく》がとぐろでも巻いてるか!」
「一匹です! 一匹です! どうしたことやら、ブルブルと震えておりますぜ!」
「なんじゃい! 震えているんだとな! ほほう、またこれはちと眼が狂ったようだが、こいつ思いのほかに気味のわるい事件《あな》だぞ。ともかく、雨戸をあけな」
 あけさせてみると、いかさま座頭仙市がそりたてのくりくり頭をかかえるようにして、こちらに背を向けながら、じつに必死と震えているのです。しかも、なんたる不審! まったくどうしたというのだろう? ――その震えている向こうの床の間の上には、三本! 五本! 八本! 十本! いや、全部数えたら十七、八本もあるのではないかと思われる刀が、なぞはこれにあり、といわぬばかりに飾られているのです。
 名人は発見すると同時に、およそ不審に打たれたらしく、じっとそこにたたずんだままでした。また、これはまたいかな名人とても、考え込んでしまったに不思議はない。逐電したかと思えばちゃんとおり、おる以上はおそらく不敵なやつだろうと想像してはいったのに、案外にもブルブルとやっているにもかかわらず、もみ療治|稼業《かぎょう》の座頭ふぜいには、どう考えても不似合いな大刀が、それも十数本飾りものとなっていたんですから、まったく不審千万! ぶきみ千万――
「ちっとこりゃまたてこずりそうだな」
 つぶやいていましたが、やがてしかし床の間へ近づくと、何はともかくというように、飾ってある大刀を、一本一本と調べだしました。もちろん、調べたところは小柄《こづか》です。非業の最期を遂げた井上金八妻女の傷は小柄だな、と眼をつけたその眼の的否をたしかめようとするらしく、一本一本と鞘《さや》から抜いてはためつ、すかしつ、見改めていましたが、悲しいかな急所のその眼が狂ったらしい!――みるみるうちに、秀麗なその面を蒼白《そうはく》にさせると、むっつりと、真にむっつりとおし黙って、そこにすわり込んでしまいました。
 しかも、端然と端座しながら、床の間の不審な刀を見ては、いまだにうしろ向きで震えつづけている仙市のほうに目を移し、移してはまた刀のほうに目をやって、四半刻《しはんとき》、半刻と、ついには一刻近くもじっと考え込んでしまったものでしたから、鳴り屋の千鳴り太鼓が、陰にこもって初めは小さく、やがてだんだんと大きく鳴りだしました。
「ちぇッ」
「…………」
「じれってえな」
「…………」
「何がわからねえんだろうね」
「…………」
「まちげえならまちげえ、犯人《ほし》なら犯人と、ふにおちねえことがあるなら、バンバンと締めあげてみりゃらちがあくじゃござんせんか!」
「…………」
「達磨《だるま》さんのにらめっこじゃあるめえし、震えているめくらあんまを相手に、気のきかねえだんまりを始めて 何がおもしれえんですかい! まごまごしているうちに日が暮れちまったじゃござんせんか!」
 いかさまつるべ落としの秋の日と、形容どおり、いつかもうたそがれかけてきたというのに、なおしきりと考え込んでいましたが、しかし、そのうちに名人の手がそろそろとあごの下にまわされだしました。まわれば、いうまでもなく眼のつきだした証拠です。知った千鳴り太鼓が、またどうして鳴らずにいられよう!
「よよッ。そろそろと潮が満ちかけたようですね。たまらねえな。ここが千両なんだッ。どうですかね。大漁ですかね。まだ駕籠《かご》にゃ早いですかね」
 催促したところへ、
「伝六ッ」
 果然、さえたことばが飛んできたものでしたから、
「さあ、忙しいぞ! 何丁ですかね! 一丁ですかね! 三丁ですかね!」
 すっかり心得て、しりはしょりになったのを、しかし名人はクスリと笑いながらとつぜんいいました。
「なげえつきあいだったが、おめえとはもうこれっきり仲たがいしたくなったよ」
「何がなんです! やにわと変ないやがらせをおっしゃって、あっしがどうしたっていうんですかよ!」
「すわりな、すわりな。ふくれなくとも黙ってすわって聞いてりゃわかるんだ、おめえがあれこれとろくでもない献立をならべて迷わしたんで、狂わなくともいい眼がちょっと狂ったんだよ。ところで、仙市さんだがね」
 じっくりとことばを向けると、ずばりと予想外なホシをさしました。
「おまえさん目あきだね」
「…………」
「だいじょうぶ、だいしょうぶ。目があいていたとて、疑いが濃くなるわけじゃねえんだから、震えていずとこっちをお向きなせえな。あんたの疑いはすっかり晴れ
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