ざりました。たいそう真に迫った人切りの狂言を踊りぬくという評判でございましたゆえ、こいつさいわい、昔覚えたさる使いの腕を使って、あの雄ざるをつれ出し、ひと狂言うたせようと、ゆうべ松平様のお屋敷からこっそり抜けてかえり、鼓一つで両国からさるをここまでおびき出し、すやすやと眠っていたこの仏をば袈裟御前に見立てさせて、小柄《こづか》でプッツリと、舞台の狂言を地に踊らしてひと刺しに刺させたのでござります。なれども――」
「よし、わかった! わかった! 鼓一つでさるを使い、まんまと殺させるには殺させたが、もし見破られちゃたいへんと、仙市座頭に罪を着せようとしたのかい」
「あいすみませぬ。べつにあの仙市が憎いというわけではござんせんが、ちょくちょくもみ療治に参り、だいぶこの仏とも親しくしておりましたゆえ、よくない関係でもあったためにあの座頭が刺したんだろうと世間さまに見せかけるつもりで、殺してから知らぬ顔でお葉めを呼びにやらしたのでござります。ありようしだいはかくのとおり、もうじたばたはいたしませぬ……すっぱりと、あすにでもすっぱりと打ち首にしてくだせえまし。どうせない命なら、せめての罪ほろぼしに、この仏といっしょに冥土《めいど》へ参りとうござります……」
「気に入った! 人を殺したなあ気に入らねえが、罪をほろぼしに冥土へいっしょにいきてえたあ、おめえも存外善人かも知れんよ。だが、来世はもっとぶおとこに生まれて来なよ。ろくでもねえやつが、つらばかりりっぱだって、それこそ顔負けがするんだからな――じゃ、伝六あにい! このお葉も当分暗いところで日を送らずばなるまいから、いっしょに早くしょっぴく用意をしなよ」
しかるに、伝六あにいがまた右に左にそろそろと首をひねりかけようとしたものでしたから、押えて名人がずばり。
「わかった! わかった! ひねらなくともわかっているよ。さると聞いて、なぜにまた袈裟切り太夫にホシをつけたか、そいつがふにおちねえというだろうが、だからいわねえこっちゃねえんだ。どろぼうを見てなわをなうんじゃあるめえし、あわてて髪床や朝湯に行くひまがあったら、さるしばいも見ておくもんだせ、見たからこそピンと否やなく眼がくるんだからな、どうだい、これで堪能《たんのう》したかい」
底本:「右門捕物帖(二)」春陽文庫、春陽堂書店
1982(昭和57)年9月15日新装
前へ
次へ
全25ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング