ものだが、しかるに許しがたきはそれなる相手の金八でした。せめて妻女の始末ぐらいは、当然もう始めているべきが定《じょう》なのに、香華《こうげ》一つたむけようともせずほったらかしておいたまま、女中のお葉を、ぽちゃぽちゃッとしたべっぴんなんで少し気になるがと仙市座頭がいったお葉なるその女中をそばへ引きつけて、妻女の品とおぼしき形見の着物をたんすの中から取り出しながら、
「どうだ。こっちも似合うだろう」
「ま! すてき! これもくださるの」
「やる段じゃない、みんなもうきょうからはおまえのものだよ」
「ほんと? じゃ、ご本妻にも直しくださるのね」
「そうさ。だから、な……? わかったかい?」
なぞと、ことのほかよろしくないふらちを働いていたものでしたから、ぬうっと静かにはいっていった名人の口から、すばらしいやつが飛んでいきました。
「大きにおたのしみだね」
「げえッ!――」
というように驚いて振り返ったところを、十八番の名|啖呵《たんか》!
「げいッもふうもあるもんかい! おたげえに忙しいからだなんだ! のう、金大将! ふざけっこなしにしようじゃねえか! こんなしばいはもう古手だせ!」
「な、な、なにを申すかッ。天下のお直参に向かって何を無礼申すかッ」
にわかにいたけだかとなったやつを、あっさりと押えてさらに名啖呵!
「笑わしゃがらあ! そのせりふももう古手だよ! さる回しの鼓がしょうずなお直参もなかろうじゃねえか! あっさりとどろを吐いたがよかろうぜ、むっつり右門とあだ名のこわいおじさんがにらんでのことなんだ。どうでやす? 金どんの親方!」
「き、き、金どんの親方とは何を申すかッ。無礼いたすと容赦はせぬぞ」
「よせやい! 大将! 抜くのかい! できそこないの秋なすじゃあるめえし、すぱすぱと切られちゃたまらねえよ――ほら! ほら! このとおり草香流が飛んでいくじゃねえか!」
なまくら刀に手をかけようとしたのを、パッとあざやかにひねりあげておくと、さらにずばりと胸すかしの名啖呵が飛びました。
「まだお夕飯をいただかねえので、ちっと気がたっているんだ。手間をとらせると、おれはがまんしてもこっちの伝六あにいが許すめえぜ。さらりと恐れ入ったらどんなもんだ。なんなら、ゆうべたたいた鼓を家捜ししてやってもいいぜ」
「…………」
「黙ってたんじゃわからねえよ。鼓だけで気に入ら
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