うか、はええところ飛んでいって松平のお屋敷のほうを洗ってこいッ」
「…………」
「手数のかかる兄いだな。首をひねって何をぼんやりしているんだッ。いろはから出直して、もう一度とっくりと考え直してみなよ! 井上の金八|館《やかた》は、まるで化け物屋敷みてえじゃねえか! 貧乏長屋かと思や中は存外と金満家なんだ。だのに、あれほどの騒ぎがあって見舞い客がひとりもいねえんだ。しかも、あの夫婦をみろいッ。きのどくなほどぶ細工な年増《としま》女のご亭主にしちゃ、金八|奴《やっこ》、気味の悪いほど若すぎるじゃねえかッ。おまけに、おかしな鼓の隠し芸があるっていうんで、証拠呼ばわりをして突きつけたあの祝儀袋に、きっと何かふらちな細工がしてあるにちげえねえから、とっとと洗いにいってきな」
「なるほどね。いろはだけじゃわからねえが、ちりぬるをわかまで考えてみりゃ、いかさまちっとくせえや! うなぎを食いはぐれてあぶら切れがしていやがったんで、野郎にたぶらかされたんだ。よくもだましゃがったな! どうするか覚えてろッ。地獄でまた会いますぜ!」
「まてッ、まてッ」
「えッ?」
「きょうは特別だ。急がなくちゃならんから、早駕籠で行ってきな」
「ちぇッ。たまらねえことになりやがったな! ざまあみろい! 井上の金八! おうい! 駕籠屋! 駕籠屋! 早駕籠はどこかにいねえか!」
 やっこだこのようにそでをふくらまして飛び出したあいきょう者を見送りながら、
「公卿《くげ》公! 公卿公!」
 のどかそうに庭先で、しきりに投げなわのけいこをしていた善光寺辰を呼び招くと、にこやかに笑《え》みつつ、右門流の命令を与えました。
「子どもは日が暮れてからひとりで遊ぶもんじゃねえ。おめえは今から大急ぎで両国までいってきな!」
「かなわねえな。造りは細かくても、気は大まかですよ。両国へ行くはいいが、何を洗ってくるんです※[#疑問符感嘆符、1−8−77]
「知れたこっちゃねえか! さっき見てきたさるしばいを洗ってくるんだ。ゆうべの九ツ前後に、きっとあの一座のさるの中で異状のあったやつがいるはずだから、抜からずにかぎ出してきな!」
 飛ばしておくと、
「仙市さん――」
 静かなること林のごとし――いや、むしろそれは風流といいたいくらいのものでした。
「あんたはなかなか凝っていらっしゃる。さっき流しもとで拝見したぐあいではたいへん
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