たゆえ、その由将軍家のお耳に達したとみえ、てまえ一家をお救いくださるご賢慮からでござろう。申すもかしこいことにござるが、上さまご秘蔵あそばす蓮華鬼女《れんげきじょ》のご能面保管方をてまえにお申しつけくださって、保管料という名目のもとに、年金三百両あてお下げ渡しくださるならわしでござったのじゃ。なれども、なまじ高家なぞという格式あるため、年々費用出費はかさむばかり。そのため、ふとした心の迷いから、ご貴品と知りつつ、つい金に窮してさる質屋へ入れ質いたしおいたところ、けさほどお達しがござって、明十四日の上覧能に持参せよとのご諚《じょう》がござったゆえ、うろたえてようやく借用の百金を調達いたし、さきほど受け質に参ったのじゃが、しかるに、どうしたことやら――」
「質屋でいつのまにか紛失していたのでござりまするか」
「さようじゃ。それがちと奇態なのじゃわ。入れ質いたすとき、てまえと用人と、それなる質屋の番頭の十兵衛《じゅうべえ》と申す者と、三人してしかと立ち会い、じゅうぶん堅固な封印いたしておいたのに、さきほどお箱を開いて見改め申したところ、てまえの印鑑をもって封じておいた封印はいささかも異状がないのに、中身のお能面だけがいつ抜きとられたものかからなのじゃ。なれども、身におちどのあることゆえ、あからさまに奉行所《ぶぎょうしょ》へ駆けつけてまいることもならず、さりとて捨ておかばお宝の行くえもだいじと生きた心持ちもなく心痛しておったところへ、こちらのお由どのがお越しくださって、貴殿にご面識ある旨聞き及んだゆえ、家門の恥辱も顧みずに、こうしてお力借りに参ったのじゃ。なんとも不面目しだいな仕儀でござるが、老骨一期の願い――このとおりじゃ。このとおりじゃ」
 いうと、老武家は真実面目なさそうに、ところどころ痛々しげな霜の読まれるこうべを深々とうなだれました。またこれは面目ないのが当然でありましたろう。かりにも高家の列につながり、有職故実《ゆうそくこじつ》諸礼作法をもって鳴る名家の主が、いかに貧ゆえの苦しみからとはいいながら、上お将軍家からのお預かり物を、しかも保管料三百金というお慈悲付きのお預かり物を、入れるべきところに事を欠いて、七ツ屋に入牢《にゅうろう》させるとは、もってのほかのふらち不行跡だったからです。けれども、われらの捕物名人むっつり右門は、つねに江戸まえの人情家でした。むしろ
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