らば、久しぶりに若返りましょうよ」
ようやくそれと知ったとみえて、投げ節笠に面をかくしながら、ばち音涼しく両人のかたわらへ近づくと、
「おむつまじゅうござんすね。お引き出物に、ひとつ歌わせておくんなさいな」
いいつつすれ違ったせつな! さすがはいにしえ、江戸八百八町に鳴らしたくし巻きお由です。あざやかに黒川の紙入れを抜き取りながら、引き返してまいりましたので、ただちに中身を見改めました。
と――果然現われ出たものは、北村大学の紛失したはずの印鑑でした。しかも、それといっしょに室井屋と文字のよめる質屋札が出てまいりましたものでしたから、ただもうあとは疾風迅雷《しっぷうじんらい》の右門流――
「用人黒川! 神妙にせい!」
「えッ!」
「さっきの右門と今の右門たあ、同じ右門でも味がお違い申すんだッ。じたばたせずと、おなわうけい!」
「そうか! ゆだんさせて、つけてきやがったのか! もうこうなりゃ破れかぶれだッ」
こざかしいことにも、なまくら刀を引き抜いて切りかかったものでしたから、まことにどうもはや、胸のすくことでした。
「たわけ者ッ、菜っ葉包丁みたいなものを、おもちゃにすんねえ! お月さんが笑ってらあ」
いいざま、ぐいとその二の腕を押えたは十八番の草香流です。それと知って、いちはやく逃げようとした若後家は辰の役目。ちょんちょんとすずめ足で追いかけながら、みごとな投げなわで押えていたのも、四尺八寸のお公卿さま、背たけに似合わずあっぱれでしたが、伝六がまたなかなかにがら相当なので――。
「うるせえ! 寄るなッ、寄るなッ」
物音をききつけて、どっと駆け集まってきたやじうまたちを追い散らしましたので、名人の鋭くさえたことばが、まず用人黒川を見舞いました。
「世間に知られちゃ、きさまも北村殿も割腹ものだ。手数をかけずにどろを吐けッ」
「…………」
「まだつまらぬ強情張るのかい。じゃ、びっくりするもの見せてやろう。この印形と質札に覚えはねえのか!」
「げえッ」
「おそいよ、おそいよ。こっちゃお献立ができてから押えたんだ。びっくりするまにどろを吐いたらどんなものだ」
「そうでござりまするか! どうしてお手にはいりましたか存じませぬが、その二品を押えられましては、お慈悲におすがり申すよりほかにしかたがござりますまい。なんとも恐れ入りましてございます」
「ただ恐れ入っただけじ
前へ
次へ
全16ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング