、それがわたしにしてみれば、そういたしまするよりほかに手段がなかったのでござります。七百両といえばもとより大金、女子の腕一つで手に入れますためには、――だいじなだいじな……」
「だいじなだいじな何でござりまするか」
「女子には命よりもだいじな操を売るか、でござりませねば、なりわいのへび占いで、あくどくはござりますとも、人の迷信につけ入るよりほかによい手段はないはずではござりませぬか。なればこそ、こちらの九郎兵衛様がお見かけによらぬご信心家で、お蔵にもたんまりお宝があると聞き知りましたゆえ、使い慣らした白へびをあやつり、魔をはらってしんぜると巧みにつけこみまして、それには三十二相そろった三人の小町娘を生き宮にして五日間へびしずめの祈祷《きとう》せねばならぬとまことしやかにもったいつけたうえで、五百金のお宝を祈祷料にかたり取るつもりでござりました。さればこそ、綿屋様と畳屋様のお二軒にも同じ手口で白へびをあやつり、おたいせつなお娘御をことば巧みにお借り申したのでござりまするが、あとのひとりはあいにくとご迷信深い親御さまがたやすく見つかりませなんだゆえ、たんざく流しの催しがあると聞いたをさいわい、船頭の権七どのに三両渡して事情を打ちあけ、ゆうべのような手荒いまねをしたのでござります。それというのも、こちらの九郎兵衛様があとのひとりをせきたてなさいましたゆえ、はよう金を手に入れまして、天下晴れてのめおととなりたいばっかりに、つい手荒なまねをいたしましたのが運のつきでござりました。なれども、ただ一つお三方のお嬢さまがたにみだらな指一本触れさせませなんだことだけは、どうぞおほめくだされませ。せめて、それをたった一つのみやげに、くやしゅうござりまするが、男をあとへのこして、地獄の旅へ参りましょう……ごめんなさりませ。ごめんなさりませ」
 小町行者は見せまいとした涙があふれ上がったとみえて、白衣のそでを面におおいながら、よよとそこに泣きくずれました。うち見守って名人は、ややしばしじっと考えこんでいましたが、やむをえまいというもののように、声も重く言い放ちました。
「聞いてみりゃもっと慈悲をかけてやりてえが、とにかくも人ひとりの命をあやめていなさるんだ。河童権に一服盛ったとがだきゃまげられますまいからね、十年ばかり八丈島へでも行っておいでなせえよ。男もそれを知れば、ちったあ情にほだされて、また帰ってくる日を待ちましょうにな。――では、そちらの町人衆、お嬢さんたちは三日ばかり神隠しに会ったようだが、無傷で手にもどったんだから、それをおみやげにかたられた罪は水に流してやっておくんなせえよ。じゃ、伝六、辰ッ。それぞれ乗り物を雇って、よく手配してあげな。比丘尼さんは、おかわいそうだが自身番へ届けてな」
 手落ちなく手配の終わったのを見届けて、名人は心も今宵は重いもののように、黙然と歩を運ばせました。しかるに、伝六がまたしきりにひねるのです。見とめてうるさそうに一喝《いっかつ》!
「きょうはちっと気がめいっているんだッ。何がわからなくてひねるんだい!」
「いいえね、あっしもそうそうたびたびひねりたかあねえんだが、どうしてまた、だんなが葬具屋の九郎兵衛に行き先の眼をつけたか、そいつが奇態でならねえんですよ」
「うるせえが、いってやらあ。何かにつけて世間のうわさや人のうわさは聞いておくもんだよ。おれもあの妙ちきりんな白封の手紙を見たときゃ、ちっとぞっとしたが、あれこそは九郎兵衛が世間の口にけち九といわれているとんだ大ネタさ。だいじな手紙なんだから、半紙の一枚や二枚けちけちしねえだってよかりそうなのに、あんな葬式道具の受取を二度の用に使ったんで、こんなけちな野郎はどやつだろうと糸をたぐったその先へ、ピンときたのがけち九郎兵衛の世間のうわさ。しかも、受取書が葬式道具じゃねえか。まだそれでもわからねえのかい」
「でも、それにしちゃ、なんだってまたそんなけち九郎兵衛が、五百両もの大金積んで、あの比丘尼小町にはめられたんでしょうね」
「もううるせえや! 恋とご幣かつぎは、昔から思案のほかと相場が決まっているじゃねえか」
 ずばりというと、思案のほかのその恋ゆえに罪とが犯した比丘尼小町をあわれむもののように、重たげな足を運ばせました。



底本:「右門捕物帖(二)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
※誤植は、『右門捕物帖 第二巻』新潮文庫と対照して、訂正した。ただし、底本、新潮文庫版ともに「あっし」を一箇所「あつし」としているが、「あっし」とした。
入力:tatsuki
校正:M.A Hasegawa
2000年4月22日公開
2005年9月20日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(h
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