えい。じゃ、なんですかい、あのお小姓姿に化けていた女の素姓も、眼がついたんですかい」
「きまってらあ。ありゃ尾州さまがご寵愛《ちょうあい》のおへやさまだよ。そういったら、またおまえが口うるさく何かいうだろうが、おへやさまだからこそ、諸侯のお手本ともなるべきご三家のお殿さまが先へたって行列とごいっしょに参覲《さんきん》道中させたと聞かれちゃ、世間体がよろしくないため、わざわざお小姓にやつさせたんだ。なればこそ、またあの供頭の大将が、それをおれにあばかれちゃならねえと思って、あんなに目色変えながら、忠義だてにけんつくを食わしたんじゃねえか。どうだい、江戸の兄い。それでもまだ駕籠にやはええのかい」
「そ、そりゃ連れてこいとおっしゃれば、仁王《におう》様でも観音様でも連れてまいりますがね。でも、眼のついたというなそれだけで、くせ者大名の乗り捨てた駕籠に紋が一つあるじゃなし、おへやさまのお素姓に探りを入れようとすりゃ、あのとおり、でこぼこりゃんこ(侍)がご三家風を吹かしゃがるし、どう首をひねってみてもそれだけじゃ、手の下しようがなさそうじゃござんせんか」
「いちいちだめを押しやがって、うるせえな。むっつり右門は鳥目じゃねえや。あの毒矢を見て、ちゃんともうりっぱな眼がついてるんだッ。おまえなんぞおしゃべりよりほかにゃ能はねえから知るめえが、ありゃ西条流の鏑矢《かぶらや》といって、大弓はいざ知らず、矢ごろの弱い半弓に、あんな二また矢じりの重い鏑矢を使う流儀は、西条流よりほかにゃねえんだよ。しかも、その弓師っていうのが、おあいにくとまた、このおひざもとにたった一人あるきりなんだ。かてて加えて、乗り捨てた駕籠の様子が大名にちげえねえとしたら、よし紋所はなくとも、何家の何侯に半弓を納めたか、そいつを洗えばおおよその当たりがつくじゃねえか。のう、江戸っ子の兄い、それでもまだ駕籠のお許しゃ出ねえのかい」
「みんごと一本参りました。――ざまアみろ! でこぼこりゃんこのかぶとむしめがッ。おいらのだんながピカピカと目を光らしゃ、いつだってこれなんだッ――そっちのちっちゃな親方! のどかな顔ばかりしていねえで、たっぷり投げなわにしごきを入れておきなよ。どうやら、城持ち大名と一騎打ちになりそうだからな、遺言があるなら、今のうちに国もとへ早飛脚立てておかねえと、笠《かさ》の台が飛んでからじゃまにあわね
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