鳴き呼ばわっている声がきかれましたので、いぶかりながらじっと聞き耳を立てていたようでしたが、不意にカラカラとうち笑うと、あいきょう者をおどろかせていいました。
「気がふれているのはおまえのほうだよ」
「ちぇッ。冗談も休みやすみおっしゃいませよ。だんなの耳あどっちを向いているんですかい! あの鳴き声が聞こえねえんですか!」
「忘れっぽいやつだな。おまえの耳こそ、どこについてるんだ。善光寺辰の目ぢょうちんは、伊豆守様がわざわざ折り紙つけてくださったしろものじゃねえか」
「な、なるほどね。そいつを忘れちまうたあ、大きにあっしのほうが気がふれているにちげえねえや。じゃ、野郎め、このくらやみで何か見つけやがったんだろうかね」
「あたりめえさ。いくら辰が寸の足りねえ小男だからって、そうそうたわいなく気がふれてなるもんかい。いまに何かつかまえてくるから、声を出さねえでいてやりな」
いううちにも、奇声をあげて、しきりとニャゴニャゴやりながら、床下をあちらへこちらへと小さなからだを利用しつつはいまわっていたようでしたが、果然、いう声がありました。
「ちくしょうッ、ざまをみろ、もうのがさねえぞ! 兄貴、兄貴、あかりだよ、あかりだよ!」
なにものか捕獲でもしたとみえて、けたたましく言い叫びましたので、伝六が大急ぎに龕燈《がんどう》をとってきてさしつけてみると、こはそもいかに――さすがの名人右門も、おもわずぎょッとなりました。実際なんとしたものでありましたろう! 子犬ほどもあろうと思われるまっくろな黒ねこが、女の首を、いや、首ではない、女の髪の毛を、それも島田に結ったままの髪の毛を、あんぐりと、その口にくわえながら、牙《きば》をむかんばかりのものすごい形相で、らんらんと両眼を光らしていたからです。時刻が時刻のところへ、物がまた物でしたから、右門もぞくりとあわつぶだてながら、じっとややしばし見守っていましたが、しかし、そういう間にあっても、やはり、名人は名人でした。早くも看破するところがあったとみえて、ずばりといいました。
「人形の首からはぎとった毛だな!」
「ええ、そうですよ、そうですよ。このくらやみでしたから、兄貴の目じゃわからねえのがあたりめえですが、今さっきそこまで帰ってきましたら、あそこのかきねのそばをこちらへ、六十ぐれえの変なおやじが、人形をだいじそうにかかえながら、素はだしでふらふらとやって来ましたんでね。おやッと思いながら目をみはっていましたら、やにわとこの黒ねこめが横から人形に飛びついて、このとおり髪の毛を引きむしりながら、うちの庭先へ逃げ込みやがったんで、さっそくこっちもねこになって追いかけまわしたんですよ」
「ちっと奇態な話だな。おやじはどうした」
「そいつがあっしにも似合わねえどじをしたもんですが、ついじゃまっけでしたから、出がけに家へ投げなわをこかしこんでいきましたんで、それさえありゃおやじの三人や五人手もなくつかまるやつを、みすみす逃げられちまったんですよ」
「いくらお公卿さまだからって、商売道具のなわを忘れていくたあ、ちっとのどかすぎるじゃねえか。ま、いいや、いいや、ねこをちょっくらこっちへ貸してみな」
「かみつきますぜ」
「草香流があらあ!」
いいつつ、あごの辺へちょいとおまじないをすると、術の奥義にかかっては、いかな魔性の黒ねことてもたまりかねたものか、ぽろりと髪の毛を取りおとしましたので、ちかぢかとあかりをさしつけながら、裏へかえし、表へかえし、じっとややしばし見あらためていましたが、
「こりゃまた忙しいぜ」
不意にずばりといったものでしたから、目をぱちくりさせながら、さっそく十八番もののあいきょうぶりを発揮しだした者は余人ならぬ伝六でした。
「いやにねこめが必死とくわえていたようでしたが、まさかにかつおぶしでこしれえた髪の毛じゃござんすまいね」
「またとんきょう口を始めやがった。このにおいがわからねえのか。鼻の穴を洗い清めて、よくかいでみろよ」
「はてね。――こりゃべっぴんのにおいがするようですが、なんていう髪油でしょうかね」
「次から次へ、よくとんきょう口がきけるやつだな、これが有名な古梅園の丁子油じゃねえか」
「へへえ、この油が丁子油でござんすか。安い品じゃねえように承っておりますが、人形の髪の毛に、なんだってまた、そんなもったいねえまねをしやがったんでしょうかね」
「だから、この髪の毛がただものじゃねえっていうんだよ。それに、もう一つ奇態なことにゃ、このたけ長の表に、女の戒名が書いてあるぜ」
「えッ。どう、どう? なるほどね、瑞心院《ずいしんいん》妙月大姉としてあるようですが、気味のわるい、なんのまじないでしょうかね」
「知りたけりゃ、ねこにきけよ。――おや! 今ここにいたようだっけが、どこへ姿を隠し
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