でしたから、名人がかわいい配下の血のめぐりを補ってやろうというようにきき尋ねました。
「よく首をひねるやつだな。なにがふにおちねえのかい」
「だって、だんながどうしてふたりともここに来ているとおにらみなさったか、それが薄気味わるいですよ。江戸の日本橋にいらっしゃって、十里ももっと上の青梅の空に、こんなすてきもねえ青葉の名所があるっていうことなんぞ、いかなだんなだって、そうそうわかりっこはねえと思うんだからね」
「しようのねえやつだな。男の尼になりてえだの、ふぐじるがどうだのと、とんきょうなことをいっているから、いちいちおめえなんぞはそのとおり首をひねらなきゃならねえんだ。おれの青梅と眼がついたな、あの金襴《きんらん》織りの守り袋からだよ。ありゃ青梅《おうめ》金襴といってな、ここの宿でなきゃできねえ高値《こうじき》なしろものさ。それへもっていって、お寺さんのお線香がしみついているうえ、あの手紙が紛れない女文字だったから、お妙さまの尼美人ぶりにお目にかかれるだろうと眼がついたんだよ。どうだい、伝六あにい! 呉服屋をのぞくにしても、さらしもめんや、欝金《うこん》もめんみてえな安い品をのぞくなよ、どこで知恵の小づちを拾うかわからねえんだからな」
「へえい……」
「いやに景気のわるい返事をするな。まだそれじゃ気に入らねえのかい」
 と――、伝六がにやにやとやっていましたが、すばらしく気のきいた名句を吐きました。
「大きにまだ気に入らねえんですよ。だんなはこれで幾組み、他人の恋路の仲立ちをなさったかしらねえが、ひとのお取り持ちばかりをしねえで、ちっとはお自分の恋路のほうも才覚おしなせえよ。ひとごとながら、ほんとに気がもめるじゃござんせんか」
 そのとおり、そのとおりというように、うしろから尼僧院のいと静かなる聖鐘が、物柔らかく一行の影の上に流れ渡りました。



底本:「右門捕物帖(二)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:kazuishi
2000年2月16日公開
2005年7月19日修正
青空文庫作成ファイル:
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