く右門が不審に思っていると、伝六がひとりではしゃぎながら、ひとりで心得顔に、事の子細を説明いたしました。
「人間てがらを重ねておくと、こういう堀り出し者が、ひとりでに向こうから集まってくるんだから、ありがたいこっちゃござんせんか。実は今、こちらに晩のおしたくにやって来ようとすると、ひょっくりこの珍客があまくだってめえりましてね、きょうから右門のだんなの手下になることに話が決まったから、だんなに引き合わせろとこう申しましたんで、さっそくお目見えにつれてまいりましたが、すばらしい珍品じゃござんせんか。どうです! 御意に召しませんか」
「不意に妙なことをいうが、いったいだれが手下にしてやると申した」
 御意に召そうにも召さないにも、まるでいうことが右門には初耳でしたから、あっけにとられて聞きとがめると、ところが、いたって伝六がおちついていいました。
「だから、あまくだったといってるんじゃござんせんか。ここに松平のお殿さまからのりっぱなご添書がごぜえますから、ご覧なせえましよ」
 うやうやしく伝六が奉書包みをさし出しましたものでしたから、さっそく右門も披見《ひけん》すると、いかさまりっぱなお添書といったことばのとおり、それなる一書は次のごとく書かれた松平伊豆守のお直筆でした。
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「こは余が領国武州|忍《おし》に育ちし者に候《そうろう》も、希代なるわざ二つあり、下人に捨ておくは惜しきものと存じ、そのほう配下に差し送り候条、よしなにお差配しかるべく、右推挙候者なり」
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 これが余人の推薦ならば、容易に食指を動かす右門ではありませんでしたが、天下第一の名宰相、知恵の権化の松平伊豆守が、これならばといわぬばかりに、太鼓のような判を押して、わざわざ送りつけてくださいましたものでしたから、右門もようやく事の顛末《てんまつ》を知りまして、とりあえず座敷に請じあげると、おもむろにまずその人となりを尋ねました。
「では、ともかく人となりを承ろう。当年何歳じゃ」
「二十三でございます」
「ひどく小さいようじゃが、まさか日陰で育ったわけではあるまいな」
「いいえ、それが実あ日陰ばかりで育ったんだから、うそはいえないものでございますが、親代々家の稼業《かぎょう》が金山の金掘りでござんしたのでな、しょっちゅう日の目の当たらない地の中へもぐっていたせいか、あっしでちょうど七代、こんなお平《ひら》の長芋みたいな育ちの悪い小男ばかりが続くんでございますよ。今のお目にかけました隠し芸にしてからが、やっぱり親どもの稼業のせいなんでござんしょうが、暗いところばかりで仕事をしたため、ひとりでに目が強くなったものか、あっしまでが今お目にかけましたように親の血を引いて、子どもの時分から夜でもよく物が見えるんでございますよ。伊豆守様が希代なわざと折り紙つけてくださいましたのも、一つはつまりそれなんでございますがね」
「なるほどさようか、いかにも珍しい話じゃが、名はなんと申すか」
「善光寺|辰《たつ》と申しますんで――」
「なに、善光寺辰? いぶかしい名まえじゃが、親がつけたか」
「いいえ、親のつけた名まえは辰九郎というんですが、あんまりあっしが小粒なんで、善光寺さまのご尊体が一寸八分しきゃないとかいうあれをもじって、みんながいつのまにかそんなあだ名をつけたんでございますよ」
「いかさまな、物は考えようじゃな。では、あとの一つの希代なわざじゃが、それはどんな隠し芸じゃ」
 ――と、みずから善光寺辰と名のったそれなる小男が、なにやらごそごそと腰のまわりを探っていたようでしたが、やがて取り出したひと品は一筋の麻なわでしたから、そんなものを何にするだろうといぶかしんでいると、じつにこれが名技ともなんともいいようのない早わざなので、さながら一本の棒かなんぞのように、するすると手先から繰り出されたかと見えるや、ひらり輪先をそこの庭の石燈籠《いしどうろう》の首にひっかけてみせました。それも、五尺や八尺の近くならば、なにも改まって驚くにはあたらないことでしたが、目分量でもじゅうぶんに六、七間の距離があったものでしたから、右門の口辺にはじめて会心そうな微笑がのぼりました。
「ほほう、投げなわをよくいたすとみえるな。余のかたのご推挙ならばもちっと吟味せねばならぬが、ほかならぬ伊豆守様からのおくだされものじゃから、いかにも配下といたしてしんぜよう。では、あすにでもご奉行職に願いあげて、その旨上申してつかわすゆえ、当分のうち牛は牛づれに、伝六と同居いたせ」
 伊豆守様折り紙つきという一条がものをいって、思いのほかたやすく採用と決定いたしましたものでしたから、喜んだのは本人の善光寺辰と、牛づれのできた伝六でしたが、しかし、物事はそうそうおあつらえ向きばかりには
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