町役人をかえりみるといいました。
「ちょうどいいつごうだ。ここのとが人どもをふたり、ついでに伝馬町まで送ってくんな」
言いおくと、すっぽり紫ずきんをいただきながら、さっさと足を早めました。
しかし、道を歩きながらしきりと首をひねりつづけたのは伝六です。あちらへこちらへと、道を踏み違えるほどひねりつづけましたものでしたから、名人が笑いわらいいいました。
「兄分らしくもねえ、あんまりどじなかっこうすると、こちらのちっちゃなお公卿《くげ》さまに笑われるぜ。なにがいったい考えに落ちねえのかい」
「だって、よくまあだんなにゃ、しょっぱなから化け右門があの一座にいるとおわかりでござんしたね。あっしゃまた、あばたの敬公かだれかご番所の者が名をかたりやがったと思ってたんですよ」
「どじだな。そんなことぐれえ、初めっから眼のつかねえようでどうするかい。大きな声じゃいわれねえが、他人の名まえの手がらまでも横取りしたい連中はうようよいても、自分のあげたてがらにひとの名まえを貸してやるような、ご了見の広い者は、半分だってもご番所になんぞいねえじゃねえか。それも、ほかの者の名まえならだが、このごろちっとてがらをあげすぎるために、内々そねまれているおれの名まえなんぞ、ご番所のだれがかたるもんかい。さっきの手裏剣少年じゃねえが、少し逆上しているようだから、冷やっこいところを二、三杯見舞ってやろうか」
「いいえ、けっこうです、けっこうです。そんなもなあお見舞いいただくには及びませんが、でも、なんだってまあ、あのひょっとこおやじの百面相が、命とかけがえに片棒かつぐ気になったんでしょうね」
「そこがいわくいいがたしだが、いずれは娘のたいせつなものでもちょうだいができる約束でもあったろうよ。だから、梅丸もそこは人気|稼業《かぎょう》で、若い男ででもあらば格別、相手の五十男であったことが恥ずかしくて、なかなか口を割ろうとしなかったろうさ」
それにしても、女は魔物だな、といわぬばかりに、ややしばしことばをとぎっていましたが、やがてつぶやくようにいったことでした。
「――考えてみりゃ、きょうはお釈迦《しゃか》さまのお生まれなさった日のはずだったが、それだのにあんな罪劫《ざいごう》の深いやつらがいるところを見ると、まだご功徳がお足りなさらねえのかな」
底本:「右門捕物帖(二)」春陽文庫、春陽堂書店
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