らば、てまえの隠しておいた五雲殺しの罪も自然わかるだろうとあさはかに考えまして、おとといの夜日本橋にてお手向かいだてをいたしましたのでござります。と申したら、絵かきふぜいががらにない腕だてじゃとおぼしめしますでござりましょうが、若いころ、いささかばかり剣術のまねごとをいたしましたので、はからずもそれが役に立ちましたのでござります。それに、こう申しましたら、こちらのだんなさまはお腹だちでござりましょうが、ご番所にお勤めのかたにしてはちっとお情けないお腕まえのように存じましたので、てまえごとき非力者にもたわいなくお眠らせすることができましたのでござります」
敬四郎がその軽侮きわまりない眠白のことばにことごとくまっかになったのはいうまでもないことでしたが、伝六というやつは実に喜ぶべき天真らんまんなあいきょう者でした。きくと同時に、意地わるく敬四郎の顔をしげしげと見ながめながら、いたって大きな声でいいました。
「ね、ちょっと、敬四郎のだんな、今の眠白のせりふをお聞きなさいましたかい。こちらのだんなは、ご番所のかたにしては、ちっとお情けないお腕まえだといいましたぜ。ね、だんな、とっくりお聞きなさいましたでございましょうね」
これで胸がすっとしたというように、あけすけといやがらせをいったものでしたから、右門はくすくす笑っていましたが、伝六を顧みるといいました。
「かわいそうだが、あっちの女も伝馬町へいっしょに引いていけよ。病気が直るまでじゃ。物騒で、うっかり放し飼いはできねえからな。――眠白もまた覚悟をしろよ。ともかくも、人間ひとりをなぶりごろしにしたんだからな。それから、召し使いに忘れずいっておきなよ。かわいそうな五雲のあとの始末を、ねんごろに営んでつかわせとな。では、伝六、そろそろ参ろうかな」
命じておいて、敬四郎のかたわらに歩みよりながら、ぷつりそのいましめを切り解くと、あの秀麗な面に、ほのぼのとした微笑をうかべながら、いかにも右門らしい皮肉をずばりとひとこと浴びせかけました。
「げっそりおやせなすったようだが、どうやらこれでまた命がつながりましたから、たんと娑婆《しゃば》の風でもお吸いなさいましよ」
そして、そのひとことの皮肉で、いっさいの憎みが洗い流されでもしたかのように、さっさと伝六のあとを追いました。
底本:「右門捕物帖(二)」春陽文庫、春陽堂書店
1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:kazuishi
2000年1月21日公開
2005年7月6日修正
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