ざら無理はあるまいと思われるのに、右門はいたって悠揚《ゆうよう》と春雨の優雅を愛しながら、ご番所のほうへ歩を運ばせてまいりました。

     2

 ところが、ご番所へ行ってみると、果然伝六の言が的中いたしました。今度失敗すれば五へんめであり、かたがた相手はあばたの敬四郎という破廉恥漢なんだから、いかなむっつり右門でも、もう少し警戒したほうがよさそうにと思われたのに、少しおちついていすぎたものか、敬四郎の魔の手がすでに伸びていたあとでした。
 それも、根が敬四郎のことだから、普通の魔の手ではないので、右門のはいっていった姿を見ると、それに居合わした同僚のひとりが、きのどくそうにいいました。
「せっかくじゃが、ひと足おそうござったな。お奉行《ぶぎょう》さまがだいぶそなたをお待ちかねの様子じゃったが、お越しがなかったから敬四郎どのにご命令が下りましたぞ。もっとも、ああいうかただから、しきりと敬四郎どののほうからお頼みしていた様子じゃったがな」
「ではもう、てまえが手を下さなくともよろしいとのご諚《じょう》でござりまするな」
「そのような仰せでござりましたよ。敬四郎だけではちっと心もとない
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