、乗りつけたところは伝六のいったその菱形屋でありました。
4
いかさま舟宿としては一流らしい構えで、数寄《すき》をこらしたへやべやは、いずれも忍ぶ恋路のための調度器具を備えながら、見るからに春意漂ういきな一構えでした。
だから、伝六のことごとく悦に入ったのは当然なことで、七十五日長生きをしたような顔をしながら、あけっぱなしで始めました。
「ほう、ねえ、だんな、座ぶとんは緞子《どんす》ですぜ。また、このしゃれた長火ばちが、いかにもうれしくなるじゃござんせんか。総桐《そうぎり》の小格子《こごうし》造りで、ここにこうやりながらやにさがってすわってみると、お旗本も五千石ぐらいな気持ちだね――ついでだからちょっと念を押しておきますが、まさか本気に昼寝をなさるおつもりで、わざわざこんなところへ来たんじゃござんすまいね。例の右門流をそろそろここでまた始めなさるんでしょうね」
しかし、右門はいたってすましたもので、そこへ茶道具を運びながら姿を見せた小女に向かうと、ごくきまじめな顔でいいました。
「こいつが舟宿の二階で、しみじみ昼寝をしてみたいと申したによって連れまいったからな、さっ
前へ
次へ
全53ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング