から、いっそう水々しくさえまさってみえる男まえに、おなじみの蝋色鞘《ろいろざや》をおとし差しで、
「許せよ」
 おうようにいいながら、そこの支倉屋《はぜくらや》と書かれた絵双紙屋の店先へずかずかとはいっていったようでしたが、店の奥にこごまっている主人らしい男をみかけると、とつぜん妙な品を尋ねました。
「江戸の絵図面を板《はん》におこして、売りさばいている店は、たしかにそのほうのところだったと存じて参ったが、違うかな」
「いいえ、てまえのところでございます。こればっかりはお許しがないと売り出せぬ品でございますゆえ、てまえの店の一枚看板にしておりますが、ご入用でございますか」
「さよう、あったら一枚売ってくれぬか」
 買いとってだいじそうに懐中すると、見せ物小屋のほうへ行くかと思うとそうではないので、待たしておいた駕籠をうたせながら、ずっと帰ってきたところは八丁堀《はっちょうぼり》の組屋敷です。それも帰ってくると、いまさら江戸の地図なぞを調べて、なんのたしになるかと思われるのに、あちらへこちらへと何本も赤い線を引きつつ、しきりにながめ入っていたものでしたから、またお株を始めたのは伝六でした
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