――いきなりわきざしを片手にしながら、ばたばたと眠白が逃げ出しましたので、右門は莞爾《かんじ》とうち笑っていましたが、音をあげたのは伝六でした。
「野郎人を食ったまねしやがったな! 待てッ、待てッ」
 うなりながら、ここを必死と追いかけていったようでしたが、まもなくおおぎょうに叫ぶ声がありました。
「だんなだんな! 追い詰めましたよ! 追い詰めましたよ! この土蔵の中へ追いつめましたから、早く来て草香流をかしてくださいな」
 だが、右門はいたって悠揚《ゆうよう》としたものでした。にやにやとうち笑《え》みながら、片手をふところにして、のっそりとあとからはいっていったようでしたが、しかし一歩それなる土蔵へはいると同時に、ややぎょっとなりました。もう燃えたれかかったろうそくの鬼気あたりに迫るようなぶきみに薄暗いあかりの下に、右手のない一個の死体が、からだじゅうを高手小手にいましめられながら、やせ細った芋虫のようになって、ころがされてあったからです。そして、その死骸《しがい》のそばに、不憫《ふびん》というか、笑止というか、それとも憫然《びんぜん》のいたりというか、同じく高手小手にくくしあげられて、げっそり落ちくぼんだ目ばかりピカピカ光らせていた者は、だれでもない、あのあばたの敬四郎でした。
 右門はその死体を見ると、片手の切りとられているという一事から、すぐとそれが弟子《でし》の五雲であることを察しましたので、がぜん鋭い叱声《しっせい》があげられました。
「バカ者めがッ。まだ五雲を生かしておいたら、ずいぶんと慈悲をたれてもやろうかと思うていたが、この血迷ったしうちはなんのざまだッ。それも、見りゃどうやら食い物をとりあげて、干し殺しにさせやがったじゃねえかッ。うぬのようなちょぼくれおやじを、色餓鬼というんだ。さ! 神妙になわをうけろッ」
 しかし、眠白はいらざるまねをするやつでした。右門のその叱声《しっせい》を耳にすると、不意にぎらりとわきざしを抜き放ちながら、とらば一突きにとばかり近より迫った相手は、なわめの恥をうけている敬四郎ののど輪です。だから、敬四郎が血のけを失いながら、すっかり青ざめてしまったことはいうまでもないことでしたが、それとともに三たび音をあげた者は伝六で、こやつ日ごろは敬四郎をどぶねずみにまでもこきおろしていながら、いざとなるとやはり右門のうれしい配下です
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