てしまいなされました。なれども、首尾よく主家横領はいたしましたものの、すねに傷もつだけに江戸錦様のいられることは目の上のこぶでござりましたゆえ、これをもついでにあやめようと思いたたれてごくふうなさりましたのが、今日ご不審のもととなった秀の浦とのあの一番でござりました。それというのも、わたしとあの秀の浦とが幼なじみの間がらゆえ、わたしに事情を打ちあけなされまして、秀の浦にあの封じ手を使わするようそそのかしたのでござります。むろんのことに、かようなまわりくどい手段を講じました子細は、土俵の上での殺傷ならば、うまうま犯跡をくらましえられますものと思いましたからでござりまするが、それはそれでよいといたしまして、ご不審が一つおありでござりましょう。と申しますのは、そういうわたしが、なぜにまたそのような悪人の大島弥三郎様から、おぞましい悪事の荷担相談をうけるにいたりましたか、それがご不審でござりましょうと存じまするが、お笑いくださりますな。恋は思案のほかとたとえのとおり、その悪人の弥三郎様を悪人と知りながら、わたしは恋しているのでござります。さればこそ、悪事を悪事と知って、つい罪の深間にはいりましたが、江戸錦様はさすがお血統のかただけのものがござります。あのとき早くも秀の浦の殺意を見破り、あのような番狂わせの相撲となりましたゆえ、口さがない下司《げす》下郎をなまじ生かしておかば、のちの災いと存じまして、わたしが秀の浦をおびき出し、四ツ谷見付の土手ぎわで、おめがねどおりあやめたのでござります。あの印籠《いんろう》はもとよりわたしの細工もの、ちょうど手もとにあの品がござりましたゆえ、さも江戸錦様の持ち物らしく見せかけて、あのような金泥《きんでい》で名まえを書きこみ、あわよくば江戸錦様に罪をきせようためでござりました。もうこれでいっさいがおわかりのことと存じますゆえ、なにとぞお慈悲を持ちまして、悪人にはござりまするがわたしには掛け替えのない心の思い人、大島弥三郎めをご寛大のご処分くださりませ。右あらあら書きしたためたしだいにござります――」
 右門は一気に読みくだすと同時に、じっと腕をくんでややしばし思案にふけっていましたが、恋に狂って罪を犯したいたましい女の命が、もうそのとき完全に絶たれてしまっているのを見ると、決然として立ち上がりながら、蝋色鞘《ろいろざや》をがっきと腰にして、の
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