ほくほくしているところが、同じその江戸の中にただ一軒ありました。――屋号を生島屋《いくしまや》といった日本橋小田原町の呉服屋七郎兵衛の一家です。というのは、毎年の吉例どおりにこの十五日から始めた年末歳暮の大売り出しが、いつになくすばらしい大当たりを取ったからでしたが、ことにことしはせがれの陽吉が親の跡めをついで、その新婚記念と相続記念に、特別景品つきの大勉強をするというところから、売り出し初日の十五日には、これくらいあればじゅうぶんだろうと用意しておいた秩父銘仙《ちちぶめいせん》ばかりでもが、優に二千反を売り切ったというような、比類なき大景気でありました。銘仙ですらがそんな景気ですから、その他のもののはけぐあいがいいことはもちろんのことで、二日三日と大売り出しが重なっていくにつれて、客は客を呼び、評判は評判を生んで、まことに文字どおり店先は市をなすの盛況でありました。
その評判を聞きつけたのが例のおしゃべり屋の伝六で――
「ちぇッ、世の中にゃ金のなる木を持っていやがるやつが、ふんだんにあるとみえらあ。ね、だんな、おたげえひとり者どうしで、お歳暮にくれてやる女の子もねえんだが、せっかく
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