したことです。第三はいつにない困惑の情を見せて、いくたびもふうっと大きなためいきをついたことでありました。
 それらのどれもこれもが、あの事件に当たってつねに推断の早きこと神のごとく、明知の俊敏透徹たること古今に無双というべきむっつり右門にしては珍しすぎることでしたから、いかにも不審といわなければなりませんが、しかしひるがえって、よくよくこれを右門とともにわれわれも考えてみるとき、かれがかくのごとくに思い悩むのは、一面また無理のないことというべきでした。
 なぜかならば、そこに材料として提供されているところのものは、あまりにも少なすぎたからです。各自が胸に手をおいて考え直してみてもわかることですが、ただひっかかりとなりうべきものは、それなる非業の凶刃に倒れた兄少年僧の断末魔のときに叫び残したことばのみがあるばかりでありました。くまにやられた、くまにやられた、というそのたったふたことがあるのみでした。しかも、そのくまなるものが人間の名まえのクマであるか、あるいはけだもののクマであるか、事実はいたずらなるなぞを残したままで、本人とともに遠く幽明境を異にしたあの世へいってしまっているんですか
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