さようで。そこの黙山はまだ七つくらいでしたから何も存じませなんだようでしたが、兄の鉄山は九つか十でござりましたから、いろいろ手当をすると、いま申したようにかたきを捜して、江戸へ来たといいましたのでな、だれのかたきだと尋ねましたら、姉だというのでござりまするよ」
「では、親たちを国に残してきたというのじゃな」
「いいえ、それが早く両親に死に別れて、姉と三人兄弟だったというんですがな」
「するとなんじゃな、よくある横恋慕がこうじて、つい手にかけたとでもいうのじゃな」
「たぶんそうでござりましょう。おねえさまは南部のお城下で、お殿さまさえもがおほめになった小町娘だったというてでござりましたからな」
「女のこととなると、感心にくわしいことまで覚えているな」
「ご冗談ばっかり――。だから不憫《ふびん》と存じましてな。このようにひとまず兄弟とも出家をとげさせたうえで、てまえが今まで手もとにさし置いたのでござりまするが、するとつい死ぬふつかまえでござりました。夕がた兄の鉄山に門前をそうじさせていましたら、いきなり血相を変えて駆け込んでまいりましてな、かたきが今くまを連れて門前を通ったと、このようにいうのでござりますよ」
「なに、くま※[#感嘆符疑問符、1−8−78] どんなくまじゃ」
「生きた二匹のくまを大きな檻《おり》に入れて、そのそばに南部名物くまの手踊りと書いた立て札がしてあったと申しましたから、思うにくまを使って興行をして歩く遊芸人の群れだろうと存じますがな」
「なるほどな、またとない手がかりじゃ。して、そのとき鉄山はいかがいたした」
「だから、すぐにも飛び出しそうにしたゆえ、てまえがきつくしかっておいたのでござりまするよ。なにをいうにもまだ十二やそこらの非力な子どもでござりますからな、もし早まって返り討ちにでもなったらたいへんだと存じましたので、もう少し成人してから討つように堅くいいきかせておいたのでござりまするが、やっぱり子どもにはきき分けがなかったのでござりましょう。ちょうどあのけがをして帰った日のことでござります、お恥ずかしいことですが、これなる女のもとへ使いによこしましたところ、その帰り道かなんかで、またまたくまを連れたかたきを見かけ、てまえの堅くいいおいたことばも忘れて、むてっぽうに名のりをあげたために、ついついあのような返り討ちに会うたのではないかと存じます
前へ 次へ
全22ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング