いたものでしたから、右門は大声に叱※[#「口+它」、第3水準1−14−88]《しった》すると、まずその荒肝をひしぎました。
「この生臭めがッ。そのざまはなんじゃ。もう逃がしはせぬぞ。さッ、神妙にどろをはけッ」
 むろんのことに、相手はぎょッとなって、すでに生きた心持ちもないような青ざめ方でしたが、しかし震えながらいったことばが少し意外でした。
「ど、どうも恐れ入りました。いかにも出家の身に不届きな女犯をおかしましてござりますゆえ、もうこうなれば神妙におなわをちょうだいいたしましょう。――さ、おみち、おまえももう度胸をすえて、おとなしくお番所へいきな」
 いうと、女はおみちという名まえであるのか、因果を含めて両手をうしろに回しながら、割合神妙におなわを受けようとしたものでしたから、右門はやや不審をいだいてたたみかけました。
「まてまて。今きさまの申したところをきけば、女犯の罪ばかりのようなことをいうが、では、これなる黙山の兄をあやめた下手人ではないというのか!」
「め、めっそうもござりませぬよ。では、だんながたは、てまえが兄の鉄山を討った下手人と見込んで、お越しなさったのでござりまするか」
「さようじゃ。いろいろ考え合わしてみるに、てっきりそのほうのしわざとめぼしがついたゆえ、かく黙山同道にて助太刀《すけだち》に参ったのじゃが、目きき違いじゃと申すか」
「目きき違いも、目きき違いも、大きなおめがね違いにござりますよ」
「でも、これなる黙山の申すには、兄を討った者は、そなたの名まえ同様、くまと名がつくというてじゃぞ」
「ばかばかしい。わたしの熊は同じ熊でも読み方が違いますよ」
「なんと申す」
「ユウチュウと申します」
「なに、ユウチュウ?」
「はい、熊という字と仲という字がありますから、クマナカと読みたいところですが、あれはユウチュウと読むのがほんとうでござります。また、坊主の名まえにクマナカというのもおかしいではござりませぬか。ユウチュウと読んでこそ、坊主らしい名まえでござりましょう?」
「いかにもな。しかし、それにしてはあのとき小者が呼びに参ったのに、なぜいちはやく姿をかくした」
「お番所に用があると申されましたゆえ、てっきりもうてまえの女犯の罪があがったものと早がてんいたしまして、かく逐電したのでござります」
「なんじゃ、ばかばかしい。これがほんとうにひょうたんか
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