でいるはずでしたから、まさかへまをするようなこともあるまいと思って安心しながら待っていると、だが、案外なことに、帰ってきたのはその伝六ひとりでした。
しかし、ひとりではあったが、はいりざまに、珍しく今度ばかりはすこぶる景気のよい報告をもたらしました。
「ね、だんな、だんな! 下手人の野郎は、いよいよあの生臭坊主と決まりましたよ」
「だって、肝心の玉を連れてこないことにはしようがねえじゃないか」
「だから、あの坊主がくせえっていうんですよ。ね、あっしがお番所の者だといったら、やにわと逐電しちまいましたぜ」
「えッ、そりゃほんとうかい」
「ほんとうにもうそにも、だからこうやって、あっしひとりでけえったんじゃござんせんか」
「じゃ、なにか事件《あな》のことをにおわしたんだな」
「ところが、そいつがおおちげえなんですよ。どうやら、生臭坊主うたたねをしているようすだったからね、いきなり庫裡《くり》のほうへへえっていって、ちょっとお番所でききたいことがあるから、八丁堀まで来てくんなといったら、野郎むくりと起きざまに青くなって、そのままやにわとずらかってしまったんですよ」
「なるほどな、少しにおいがしてきたかな」
「においどころじゃねえんですよ。だから、久しぶりでひとつ、だんなの鼻をあかしてやろうと思ってね、近所の者にこっそり身がらを当たってみたら、なにをかくそう、あの生臭坊主がくまっていう名だそうですぜ」
「なに、くま! そりゃほんとうか!」
「ちゃんとこの耳でいま聞き出してきたばっかりだから、まちがいっこありませんよ。ちっと変な名なんですがね。永守《ながもり》熊仲《くまなか》っていうんだそうですぜ」
事実としたら、八丁堀の者と聞いて、やにわに逐電した点といい、その名に熊《くま》という呼び文字があるぐあいといい、少なくも今の場合の最も有力な容疑者に思われだしたものでしたから、右門は立ち上がると同時に、ぎらりと腰の細身を抜き放ちました。いうまでもなく、もしそれなる永守熊仲が、僧形の身をも顧みず殺生《せっしょう》戒を犯したとしたら、その場に力をかして少年僧黙山のために、兄のかたきを報じてやろうと思いついたからです。
まことに回を重ねることここに十回、今度こそはようように待たれたむっつり右門の太刀《たち》のさばきに接しられそうな形勢となりましたが、剣もまたその心をくんでか、細身
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