ばくべく、徐々に女の心をつかんでいきました。
「だから、そなたはこれからどうなさる?」
「知れたこと、二世かけて契った主さんでござりますもの、わちきもすぐと跡を追いましょう」
「では、なんじゃな、そなたも二世かけて契った主さんというたが、今のおつれあいはいっしょにいても、ほんとうにただのでくのぼうじゃというのじゃな」
 すると、女はしまったというような色をみせて、つい驚きのために言いすぎたおのれの失言を後悔するかのように、極度な困惑の情を現わしたものでしたから、なんじょう右門ののがすべき、すぐに追いつめました。
「くどうはいわぬ。わしも多少は人に知られた男のつもりじゃ。いったんこうとにらんで乗り出した以上は、どのようにしてもそなたたちのために尽くしてみようと思うが、どうじゃ。何もかも隠さずにいうてみぬか」
「でも、そればっかりは……」
「だれであってもいえぬというか」
「はい……これを口外するくらいならば、わちきはもうひと思いに死にとうござります」
 隠されている秘密は、一身上にとってよほどの重大事ででもあるのか、女も前夜の清吉同様、がんとして口外すまじきけしきを示したものでしたから、当然右門も困惑に陥るべきはずでしたが、しかし右門にはいくつかの右門流があります。最初は清吉を死んだことにしておいて、急所をついたが、こうなるうえはもう一度生き返して、秘密のなぞを物語らしてしまおうと思いつきましたものでしたから、不意に莞爾《かんじ》とするや、ごくこともなげにいいました。
「では、こちらから先にほんとうのことをいってやろう。清吉さんはてまえが救い出して、まだぴんぴんしていなさるぜ」
「えッ。まあ、あの、それは、ほんとうのことでござりますか!」
 果然、二度めの薬がきいて、薄雪は目を輝かしだしたものでしたから、右門はさらに第三服めの薬を盛りました。
「だから、そなたも、もう隠さないで何もかもお打ち明けなさったらどうでござる。むやみと自慢たらしく自分の名まえを名のりたくはないが、むっつり右門といえばわしのことじゃ」
 まあ! というように目をみはって、すでに薄雪もその名声には知己であるかのごとく、しげしげと右門の面を見直していましたが、並びのよろしい白い歯をかすかにのぞかせながら、こころもち微笑を含んだ右門の顔は、今にしていっそう男性美を増したごとく凛々《りり》しい美丈夫ぶりでしたから、慈悲、侠気《きょうき》、名声広大なむっつり右門ならば、思いきってそのふところにすがりついてみようという決心がついたものか、ようやく女は秘密の告白に取りかかりました。
「そうとは知らず、わちきにも似合わないお見それをいたしました。では、何もかも申しまするが、実は、あのだんなさんも、清吉さんも、ただの素姓ではござりませぬ」
「と申すと、なんぞうしろ暗い素姓ででもござるか」
「はい、浪花《なにわ》表で八つ化け仙次《せんじ》といわれている人が、なにを隠そう、わちきのだんなさんざます」
 呉服屋専門の凶賊で、神出鬼没、変装自在なところから八つ化け仙次と称されて、もう長いことおたずね中にかかわらず、いまだにお手当とならないことを、同じ蛇《じゃ》の道で右門も耳に入れていましたものでしたから、はからずも女のいった陳述により、意外なことから意外な大捕物になりかけたことを心中右門も喜んで、ずんずんと女に告白を迫りました。
「すると、清吉さんもその手下だというのじゃな」
「それが芯《しん》からの悪仲間でござりましたら、わちきとてなじみはいたしませぬが、仙次さんのたくらみにかかって、ふたりとも今のように苦しめられ通しでありいすから、あんまりくやしいのでござります」
「では、なじみとなるまえ、清吉さんは真人間だったと申さるるか」
「真人間も真人間も、あの人がらでもわかるように、それまでは浪花表のさるご大家で、人の上に立つお手代衆でござりましたのを、思い起こせばもう三年まえでござります。わちきが廓《くるわ》へはいりぞめ、そのおりちょうど清吉さんも商用で江戸表に参られて遊里《さと》へ足をはいりぞめに、ふと馴《な》れそめたのが深間にはいり、それからというもの江戸に来るたびわちきのもとへお通いなさりましたが、そのうちにとうとうあのかたも行きつくところへ行きなまして、大枚百両というご主人のお宝を、わちきのためにつかい込みましたのでござります……」
「では、その百両の穴を八つ化け仙次が救ってでもくれたと申さるるのじゃな」
「はい、それもただのお恵み金ではありいせぬ。仙次さんもあちらで盗んだ品を江戸へさばきに来るうちときおりわちきのもとへお通いなさりましたが、たとえ遊女に身はおとしていても、おなごに二つの操はないと存じましたので、柳に風とうけ流していたのに、執念深いとはきっと、あの人のことでご
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