個所にばかり、鋭い視線を働かせていきました。
――と、はしなくも、その鋭い視線のうちにいぶかしくも映じたものは、床の間の隣の妙な壁です。本式な床なら格別、普通の略式なお座敷であったら、まず一間の床があって、その隣にはからかみ二本の押し入れでもが設けられてあるのがあたりまえですが、しかるに、それなる茶の間の奥の座敷を見ると、床は床であってもその床の隣の押し入れであるべきところが、妙なことに出っ張った土壁なのです。引っ込んだ土壁ならばまだよろしいが、壁をもってふさいだ押し入れのように、そこの一間が出っ張っていたものでしたから、なんじょう右門の慧眼《けいがん》ののがすべき、臭いなと思ってすっくと立ち上がりながら近づいていって、こころみにたたいてみると、果然出っ張った土壁の奥は空洞《くうどう》らしく、ぼんぼんと陰にこもった響きでありました。
と――そのとたんです。
「聞いたこともねえ名まえをぬかしやがって、おかしな因縁つけやがると思ったから黙っていわしておいたが、さては八丁堀のやつらじゃな」
仙次もさる者、それと見破ったもののごとく、がぜん敵意を示してきましたものでしたから、今ぞ莞爾《かんじ》としてうち笑ったのは右門でした。
「ようやくわかったか。ついでに名まえも聞かしてやらあ。おれがいま八丁堀でかくれもねえむっつり右門だ!」
「うぬッ、きさまだったか。こうなりゃもう百年めだ。黙ってさっき聞いてりゃ、ぐにゃぐにゃの贅六《ぜいろく》なんかときいたふうなせりふぬかしゃがって、とれるものならみごととってみろッ」
いうやいなや、かたわらの中わきざしを引きよせて、ぎらり秋水にそりを打たしながら八つ化け仙次が立ち上がったものでしたから、それぞ右門の期したるところ。さらに莞爾としてうち笑《え》むと、いとも涼しげに言い放ちました。
「無手なら草香流、得物をとらば血を見ないではおかぬ江戸まえの捕方《とりかた》じゃ、それでも来るか!」
「行かいでどうするッ。いざといわば仕掛けのその壁へかくれて、まんまと抜け裏へ逃げるつもりだったが、そいつを気づかれたんじゃ、八つ化け仙次も運のつきだ。さ、そっちのひょうげた野郎もいっしょにかかってこい!」
案の定、秘密の壁を右門に発見されたことによって、もう仙次はやぶれかぶれか、庭の土間先に逃げ口をふさぎながらがんばっていた伝六にまでもいどんできたので
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