、お寺の娘と昔約束をしてな、忘れねえように彫っておいたのさって、こんなふうにおっしゃいましたぜ」
事もなげに立証したものでしたから、右門はいよいよ事件の迷宮にはいったのを知って、まゆを強く一文字によせ、そのやや蒼白《そうはく》な面に沈吟の色を見せながら、雲霧の中に小さな玉を探ろうとするように、じっとくちびるを結んでいましたが、と、――ちょうどそのときでありました。突然、天井裏で、何かねこかいたちのようなものの、けたたましく走りまわる音があったと思われましたが、さっと一匹の黒ねこが、それも特別大きい黒ねこが、なにやら口にくわえて、梁《はり》を伝わりながら、おどり逃げるようにそこの庭先へ天井裏から飛び出してきたので、右門のまなこはのがさずに、口へくわえているその品物に鋭くそそがれました。見ると、それはなんたるいぶかしさでありましたろうぞ! ねずみでもあろうと思われたのに、意外や、一匹の頭も尾もあるりっぱなさかなだったのです。しかも、生ではなく焼いたさかなで、あまつさえおしょうゆらしいもののつゆしるがしたたっていたものでしたから、右門のまなこは、ここにみたびらんらんと輝きを呈しました。なに
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