「だからよ、急におら腹がへってきたから、まずお昼でもいただこうよ」
「気に入りやした。いわれて、あっしも急にげっそりとしましたから、さっそく用いましょうが、なんかお菜がござんしたかね」
「くさやの干物があったはずだから、そいつを焼きなよ。それから、奈良《なら》づけのいいところをふんだんに出してな。そっちの南部のお鉄でゆっくりお湯を沸かして、玉露のとろりとしたやつで奈良茶づけとはどんなものだい」
「聞いただけでもうめえや。じゃ、お待ちなせいよ。伝六さまの腕のいいところを、ちょっくらお目にかけますからね」
にわかにほのぼのとして事件に曙光《しょこう》が見えだしたものでしたから、伝六はもうおおはしゃぎで、ふうふうとひとりで暑がりながら、右門のいわゆる奈良茶づけのしたくをととのえていましたが、かくてじゅうぶんに満腹するほどとってしまうと、ふたたび主従は道灌山《どうかんやま》裏の恒藤権右衛門宅に向かって、駕籠《かご》を走らせました。むろん、それは今にして新しく疑問のわいた権右衛門の横死と、その妻女の陳述のうちに潜んでいる不審な点をあばこうためで、それにはまず第一に、さきほどろくに調べもしなかっ
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