たあの横死死体を、いま一度入念に点検する必要がありましたものでしたから、案内も請わずに玄関へかかると、右門はずかずかと奥へ通っていきました。
 仏間ではすでに死体を棺に納め、いましちょうど僧侶《そうりょ》の読経《どきょう》が始まろうとしていましたので、右門はまずそこに居合わす会葬者の、あまりにも少なすぎるのに目を光らせました。へや数にしたら十間以上もあろうというお屋敷住まいをしながら、家具調度なぞも分限者らしい贅《ぜい》をつくしているのに、居合わした会葬者は、先刻の恒藤夫人と、ことし六歳になるとかいった子どもをのぞいてはたった六人きりで、しかもその六人が士籍にある者はひとりもなく、ことごとく町人ばかりでしたから、まず右門の鋭い尋問がそれに向かって飛んでいきました。
「みりゃあみなさんいずれも町家の者らしいが、これが恒藤家のご親戚《しんせき》衆でござるか」
 突然また右門が姿を見せて、不意に鋭い質問をしたものでしたから、恒藤夫人はぎょっとなったようでしたが、しかし弁舌さわやかに申し開きをいたしました。
「いいえ、これはみな、出入りの町人ばかりでござります」
「では、ご親戚のかたがたをなぜお呼び召さらなかったか」
「いずれも遠国にござりますので、急の間には招きかねたゆえにござります」
「知人も江戸にはござらぬか」
「はっ、一人も居合わしませぬ」
「では、その六人に相尋ねる。そちらのいちばんはじにいるやつは何商売だ」
「てまえは米屋にござります」
「次はなんじゃ」
「やお屋の喜作と申します」
「その次の顔の長いのはなんじゃ」
「なげえ顔だからそんな名まえをつけたんじゃござんせんが、あっしゃ炭屋の馬吉と申しやす」
「人を食ったこと申すやつじゃな。お次はなんじゃ」
「酒屋の甚兵衛《じんべえ》めにござります」
「その隣のくりくり頭をしたおやじは何者じゃ。按摩《あんま》でもいたしおるか」
「じょ、じょうだんじゃござんせんぜ、こうみえても、この家の家主でござんすよ」
「さようか、失敬失敬。では、そちらのいちばんはじにいるいなせな若い者は何商売じゃ」
「うれしいな、わっちのことばかりゃ、いなせな若い者とおっしゃってくだせえましたね。それに免じて名を名のりてえが、ところで、どいつにしましょうかね」
「そんなにいくつもあるのか」
「ざっと三つばかり。うちの親方はぬけ作というんですがね。河岸《かし》のやつらはぽん助というんでげすよ」
「よし、もうあいわかった。さては、きさまがさっき手紙の使者に参った魚勘とかの若い者だな」
「へえ、そうなんですが、どうしてまたそれがおわかりなすったんですかい」
「きさま今、河岸といったじゃねえか」
「ちえッ、おっかねえことまで見ぬいてしまうだんなだな。してみるてえと、おれが隣のお美代《みよ》坊に去年から夢中になっていることも、もうねた[#「ねた」に傍点]があがっているんかな――」
 とんだところで魚勘の若い者は、あだ名どおりのぬけ作たる馬脚を現わしてしまいましたが、右門はもはや第一段の尋問を了しましたので、ずかずかと棺のそばに歩みよると、ぶきみさにもひるまずに、そのうわぶたをはねあげて、死者の白衣をはだけながら、第二の死体点検にとりかかりました。
 と同時に、右門のまなこを最初にはげしく射たものは、その胸の右乳下に見えるあの卍《まんじ》のいれずみ――たしかに破牢罪人の同じ右乳下にもあったはずの、あのいぶかしき卍の朱彫りでありました。だから、なんじょうその慧眼《けいがん》の光らないでいらるべき、烱々《けいけい》としてまなこより火を発しさせると、突き刺すごとくに鋭い質問が夫人のところに飛んでいきました。
「少しくいぶかしい節があるが、これなる仏は、たしかにご主人恒藤権右衛門どのに相違ないか」
 夫人はぎょっとなったようでしたが、間をおかずに、なじるごとく答えました。
「死者をお恥ずかしめなさりまするな! 浪人者ながらも武士の妻にござります。たしかに主人の死体と申しあげましたら、それに相違ござりませぬ」
「では、この右乳下の、卍のいれずみは何の印でござる!」
「それあればこそ、恒藤権右衛門のなによりな証拠にござりますゆえ、お疑いにござりますなら、お立ち会いのかたがたにもお尋ねくださりませ」
 他の立証を求めるように、居合わした者たちへの尋問を迫りましたものでしたから、右門は一同に矢を向けました。
「そのほうどもも聞いてのとおりじゃが、権右衛門どのの右乳下に卍のいれずみのあったことを、だれぞ存じおるか」
 すると、待ってましたというように、魚勘の若い者が、威勢よくいいました。
「知ってますよ、知ってますよ。こないだ、だんながこの縁側で、もろはだ脱ぎでいたところを見やしたからね。わっちが妙ないれずみでござんすねと尋ねたら、なあに
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