「むやみと死にてえやつだな。まだかぎつけたかどうだかもわからねえじゃねえか」
たとえ足はついたにしても、まさかに中仙道へ落ちたことまでは知るまい、と思いましたから、右門はかれらの知らぬ恒藤権右衛門虐殺事件の証跡を持っているだけに、安心していましたが、しかし、それが少し意外でありました。ばったり両方が顔を合わすと、いつにもなくあばたの敬四郎が勝ち誇って、尋ねもしないのにべらべらとやりだしたからです。
「おきのどくだが、今度はお先に失礼するよ。これからもあることだから、参考のためにいっておくがな、さきほどはせっかくあげた非人をこちらへいただいてしまって、ごちそうさまだったよ。おかげで、あいつらの口からほしの野郎が、刀屋でわきざしを買い入れ、本郷方面へ駕籠《かご》でつっ走ったと聞いたからね。いまさっき駆けつけて、すっかり洗いあげたら、途中でつじうら売りに化けやがって、中仙道口を落ちたと足がついたから、このとおりお奉行のお手札をいただいて、おつな道行きとしゃれてるところさ。おおかた、そのあわて方じゃ貴公たちも足を見つけたらしいが、今度はおれがお先に失礼するよ。では、せいぜいあごの無精ひげでも抜いていねえな」
のみならず、つら憎そうなせせら笑いを残すと、手下の者三人を引き連れて、揚々と過ぎ去っていったものでしたから、せっかくこれまで証跡を洗い出していたのに、いま一歩という手前でみんごと先鞭《せんべん》を打たれましたので、常勝将軍の右門もおもわず歯ぎしりをかんでしまいました。それも、洗った証跡があばたの敬四郎と一致していなかったならば、まだ右門一流の疾風迅雷的な行動と、人の意表をつく機知奇策によって、多分に乗ずべきすきがないでもなかったが、恒藤権右衛門を理由なくして虐殺したことすらも、刀屋でわきざしを買いととのえた事実とともに総合してみれば、中仙道へ走るための路用金略奪に行なった犯跡に考えられましたものでしたから、これではもう右門とてさじを投げるより道はないので、加うるにご奉行のお手札までも、すでにあばたの敬四郎に占取されていることがわかったものでしたから、回天動地の大事件ならば格別、たったひとりの破牢罪人ぐらいのめしとりで、そう何人もの出動は許されないことを知っている右門は、とうとう苦笑して、つぶやくように言いました。
「珍しいこともあるもんだ。おれがあばたのやつに負かされるなんて、さるが木からおっこちたより、もっとおかしいよ」
でも、右門にはまだしゃくしゃくとして、それをつぶやくだけの余裕がありましたが、伝六は黙然と歯ぎしりをかみつづけたままで、さながらふたりの位置は、むっつり屋とおしゃべり屋とが、入れ替わったようなかっこうでありました。
5
しかし、八丁堀へ引き揚げてしまうと、右門は今までのむだぼねに対する落胆と疲労とがいちじに発したものか、時刻はちょうどお昼どきだというのに、昼食をとろうともしないで、ぐったりそこにうち倒れてしまいました。伝六のそれにならったのはもとよりのことでしたが、するとまもなく、うるさいことには、表でしきりとどなる声がありました。
「もし、どなたもおりませんか! わっちゃ急ぎの使いで来た者ですがね、この家ゃあき家ですか!」
「べらぼうめ! あき家じゃねえや、なに寝ぼけたことぬかすんでえ」
しかたがないので、伝六がぶりぶりしながら取り次ぎに出向きましたが、帰ってくると黙って右門に一本の手紙をさしつけました。
「うるせいや、きさま読め!」
「じゃ、封を切りますぜ」
寝そべったままで右門がうけとろうともしなかったものでしたから、代わって伝六が読みあげました。
「ええと、前略、先刻は遠路のところをわざわざご苦労さまにそろ。その節ご検死くだされそうらえども、埋葬ご許可のおことば承り漏れそうろうあいだ、使いの者をもっておん伺い申し上げそろ。なにぶん、いまだ夏場のことにそうらえば、仏の始末なぞも火急に取り行ないたく、ご許可くださらば今夕にも急々に式葬つかまつりたくそうろうあいだ、右おん許し願いたく、貴意伺い上げそろ。頓首《とんしゅ》不宣。恒藤権右衛門家内より、近藤右門様おんもとへ――」
「こめんどうくせえこといってくるじゃねえか。検死を済ましゃ、埋葬許可をしたも同然だから、そういって追っ払いなよ!」
少し雲行きのよろしくないところへ、ご念の入りすぎた手紙でしたから、吐き出すようにいっていましたが、伝六が使いの者を追い返して帰ってきたのを見ると、がぜん、右門が何思いついたか、むくりとはね起きながらいいました。
「今の手紙はどこへやった!」
「これこれ、ここにありますよ」
「使いに来た者はさかな屋だな」
「そう、そう、そうですよ。魚勘と染めたはっぴを着ていましたからね、たぶん、そこの家のわけえ者で
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