にんこうじ》とかいうお寺なんだそうだが、ゆんべのうちに裏の墓をあばいて、二つばかり死骸《しがい》を胴切りにしていったものがあったそうだよ」
「ほう、死骸をね。このお盆のさいちゅうに、またうすっ気味のわるいいたずらするやつがあったものだな。なんぞ恨みの筋でもありそうなほしなのかい」
「ところが、どうもただのいたずらだろうというんでね。勤番の者の評定じゃ、べつに取り上げるようなけしきを見せなかったっけが、でも、そのあばかれた墓っていうのが、そろいもそろって四、五日まえに仏となった新墓《にいはか》で、そのうえに二つとも死骸は女だというんでね。いたずらにしても、ちっといろけがあるように思われるんだがね」
「そうよな、女がふたりとも小町娘の姉妹かなんかで、胴切りがまた恋のさか恨みとでもいうのなら、めったな草双紙でも見られない筋だがな」
 ご当人たちはいっこう冗談のように話し合っていましたが、最後の新墓うんぬんといったことばが、ちらり右門の耳へはいったとたんです。ぎろり目を光らしながら、音もなく蝋色鞘《ろいろざや》を腰にさして、静かにはかまのちりを払っていたとみえたが、すっくと立つや、同時に鋭い声がかかりました。
「伝六ッ」
「ええ」
「駕籠《かご》だよ」
「駕籠……?」
「おれが駕籠といや、もうわかりそうなものじゃねえか」
 まったく右門のいうとおりですが、ひとたびかれの口に駕籠ということばがのせられたときは、およそつねに事重大であることを裏書きしていたものでしたから、ようやくがてんのいった伝六は、さあたいへん――
「ちくしょうッ、ざまあみろい。この席にいくたり八丁堀のでくのぼうがいるかしらねえが、おらのだんなの耳ゃ節穴じあねえんだぞ。くそおもしろくもない、おれさまたちを仲間はずれにしやがって、いまにみろい、ほえづらかくな!」
 啖呵《たんか》をきっていたかと思いましたが、もう横っとびで――まもなく、そこへあつらえの二丁をすえると、いかにも溜飲《りゅういん》の下がったようにいったものです。
「よくよくまた、うっそりもあったものじゃござんせんか。おらがだんなのいることを知らねえで、あんないい事件《あな》をのめのめと話しやがるんだからね。どうです、だんな、腹の底がすっとしましたね」
 けれども、駕籠が目的の仁光寺へついたとき、事態はそこではしなくも伝六のいったほどにあまり腹の底をすっとさせなくなりました。というのは、ふたりのあとを追っかけるようにして、もう一組みの駕籠が同じ仁光寺の門前へ止まったと思われましたが、中から降り立った人の姿をみると、意外やそれはつい先の先まで木魚庵に居合わした同心主席の、あばたの敬四郎とその配下だったからです。このあばたの敬四郎については、右門|捕物《とりもの》中の第三番てがらに詳しくご紹介しておきましたから、記憶のよいかたがたにはまだ耳新しい名まえだと存じますが、もし八丁堀の同僚たちのうちで気組みだけなりと、われわれのむっつり右門に対抗してみようという意地のあるものがありとすれば、わずかにたったひとりこのあばたの敬四郎があるのみで、事実またそれだけの老巧さもあり、かつまた相当才覚をもった男でしたが、さればこそ、かれひとりのみがでくのぼうではなかったか、いち早くさっきの話を聞きつけたとみえて、かくあとを追ってきたらしいことがわかりましたものでしたから、今度は右門が溜飲の下がったように、はじめて口をあけたのです。
「お盆の十六日にまたあいつと顔を合わせるなんぞは、ほんとうに因縁話だな。では、一つもういっぺんあの親方の鼻をあかすかね」
 ちくしょうッ、いやな野郎がうせやがった、というような顔つきで、口をとがらかしていた伝六をしり目にかけながら、にたにたとうち笑って敬四郎のところへ歩みよっていったとみえましたが、いきなりぺこりと腰を曲げると、ごく屈託のなさそうにあいさつをいたしました。
「よくお越しなされました。では、ごいっしょに現場の検分をいたさせてもらいますかな」
 めんくらったのは敬四郎で、またこれはめんくらうのが当然でしたろう。普通の場合ならば、お互い先にねたをあげたものがてがらとなるんだから、負けるまでにも競争するのは当然なのに、われらのむっつり右門にかぎっては、いっこうそんなけぶりすらも見えないで、涼しげにばたばたと胸もとへ白扇の風を入れていたものでしたから、敬四郎はむッとただ右門をにらみかえしたばかり――。しかし、右門はすましたもので、にやにや笑いながらあとへついていくと、べつに鋭い観察を下すようなそぶりも見せずに、敬四郎のうしろからちょいと顔を出して、お検視がすまないためまだそこにひっころがしたままの二つの仏を、ほんのいっぺんどおりじろりと検分いたしました。しかも、検分と名のつくものはただそれっきりで、
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