軽く敬四郎に一礼すると、さっさと表へ回って寺の庫裡《くり》へずんずんはいっていったと見えましたが、ちょうどそこに小坊主の居合わしたのを見ると、仏の姓名身がらでも洗いたてるのかと思われたのが、意外にも、突然妙な品を求めたのです。
「すずりと半紙をちょっと拝借させてくれぬか」
のみならず、小僧が求めたその二品を持ってくると、いきなりさらさらと次のごとき文句を紙にしたためました。
「――ご心配の節あるらしき若衆へ一筆かきのこしおきそうろう。いつにてもご相談相手とあいなり申すべくそうろうあいだ、ご遠慮なくお越しくだされたく、八丁堀近藤右門――」
書いてしまうと、それをまたぺったりと仁光寺の山門に張りつけて、やっとこれで勝ちめに向かったといわんばかりな顔つきをしながら、さっさと歩きだしたものでしたから、いつものとおりに伝六がことごとく首をひねってしまいました。
「ちっと、どうもやることがそそっかしいように思われますが、ねえ、だんな、だんなはまさか、今度の仕事の相手に、どんなやつが向こうに回ったか、お忘れじゃござんすまいね」
「知らないでどうするかい、あばたの敬四郎じゃねえか」
「そうでがしょう。だのに、たったあれだけの調べ方じゃ、ちっとどうもそそっかしいように思われますがね」
「じゃ、おれの目は節穴だというのかい」
「ど、どういたしまして――、だんなの目のくり玉は、天竺《てんじく》までにも届いていらっしゃるこたあよっく心得ていますがね。でも、あばたのだんなはいろいろともっと調べていましたぜ。墓のあばき方だとか、戒名なんぞのことまでも必死とね」
「おおかた、敬四郎にゃあの胴切りが、恨みの末のしわざに思われているんだろうよ」
「え、なんですって……? じゃ、だんなはそうじゃないというんですかい」
「あたりめえさ。まさに判然と、ただの死に胴だめしだよ」
「死に胴だめし……? でも、あの仏たちゃまだなまなましい若そうなべっぴんどうしですぜ」
「だから、なおのことそうじゃねえか。死に胴をためすからにゃ、新仏ほど切りがいがあるんだからな」
「それにしたって、新仏ならば、まだいくらもあそこにあったじゃござんせんか」
「わからねえやつだな。おおかた、おめえはあの女どもの妙なところばっかり見ていたんだろうが、ありゃふたりとも水死人だぜ」
「道理でね、いっこうわずらった跡もなし、死人にしちゃ
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