ご家中の者残らずへ、こよいのうちにお忘れなくご披露《ひろう》してくださいまし、といってきなよ」
 そして、伝六の帰りを待っていましたが、まもなく命を果たして駆けもどったのを見ると、だにのごとくにあとをつけているあばたの敬四郎をしりめにかけながら、さっさと伝馬町へ引き揚げていって、その場に石川杉弥を上がり屋敷へ投獄するように命じました。しかし、そのときこっそりと伝六へあの佃煮《つくだに》の折り詰めを手渡しながら、意味ありげにささやきました。
「ご大身のお小姓に、ただのもっそう飯でもかわいそうだからな。これでもおかずにしてお上がりなさいといって、ほうり込んでおきなよ。それから、蚊いぶしでも特別にたくさんあてがってやってな」
「なるほど、がてんがめえりましたよ。うなぎの佃煮以来、どうもいろいろと変なことするなと思っていましたっけが、あれもこれもみんな右門流ですね。そうとわかりゃ、牢名主《ろうなぬし》の野郎にもよっくいいきかせて、殿さま扱いにさせますからね。お先に帰って、ゆっくりとお休みなせいよ」
 わかったものか、伝六がまめまめしくいっさいを取りしきりましたので、右門はひたすらに、次の朝を待ちました。

     4

 さて、その翌朝です。起きるから右門はしきりとなにか人待ち顔でいましたが、と、それを裏書きするように、あわただしく表のかたにあたって、右門のお組屋敷を訪れた人の足音がありました。
「ほしかな」
 つぶやいていましたが、伝六の取り次ぎによってそれが越前侯のご用人であることがわかると、右門はおそろしくぶあいそうに命じました。
「石川杉弥のお掛かり合いならば、私宅で面会はなりませぬといっておやりよ」
 ぶりぶりしながら用人のたち帰ったのを聞きすますと、右門はなおなんびとか人待ち顔に、しきりと表のほうへ耳を傾けていましたが、それからおよそ一|刻《とき》ほどののち、どうやら女らしい来客の足音を聞きつけると、むくりと起き上がりながら伝六に命じました。
「今度こそ、ほしだほしだ。丁重に案内しなよ」
 はたして、伝六に導かれながら、おどおどとしてそこに姿を見せた者は、まだ十六、七の可憐《かれん》きわまりなき美少女でありました。さながら雨にぬれ沈んだ秋海棠《しゅうかいどう》をみるがごとき可憐さで、もの思わしげにうち震えていたものでしたから、座につくや同時に、右門がずばりと先
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