こちらにもめいめいが、めいめい同気相求むる者たちとひざをつらねながら、すでに酒三行に及んでいるさいちゅうでした。
で、右門も宴にのぞんだ以上は勢いいずれかの仲間と同席しなければならないはずでしたが、しかし、こういうときいつもかれは金看板どおりのむっつり右門で、べつにだれといって憎い者がないと同時に、まただれといって特別に親しい者もなかったものでしたから、いちばんはずれの、人々からは全然独立した席へついてちょこなんと席を占めると、いっこうおもしろくもおかしくもないといったような、ごくぶあいそうな顔をしながら、黙々とした料理の品にはしをつけだしました。
すると、また妙なもので、一番てがらの南蛮幽霊以来、右門の名声は旭日《きょくじつ》昇天の勢いで高められ、今では八丁堀といえば、ああ右門のだんなか、といわれるほどにも評判となっていたものでしたから、いくぶん嫉妬《しっと》の心持ちも交じっていたものか、同僚の同心たちはもちろんのこと、上席の与力たちも、下席の目あかし岡《おか》っ引《ぴ》きのやからにいたる者たちまでも、いつのまにかふたりを敬遠するともなく敬遠してしまって、自然に右門と伝六は一座の者から、仲間はずれの形となってしまいました。
だから、わけても右門思いのおしゃべり屋伝六が黙っていられるわけはないので、しかし人前でしたから、小さな声でいったものです。
「ね、だんな、きょうは地獄のおえんまさまでさえもがくぎ抜きに錠をおろしておくんですぜ。ですもの、いくらむっつり屋のだんなだって、きょうぐれえはもっとおもしろそうな顔をしたらよさそうなもんじゃござんせんか」
けれども、右門は、ふんともうんとも返事一つせずに、ただむやみとお料理の品ばかりをせせっていたものでしたから、こうなるといっそうやきもきするのがまた伝六の性分で、とうとう大きな声を出していってしまいました。
「ほんとうに、いやんなっちまうな。いくら木魚庵だからって、これじゃまるでお通夜《つや》に来たようなもんじゃござんせんか」
すると、偶然というものはまったくどこにあるかわからないものですが、伝六のはからずもいったそのことばでふと思い出したように、隣の席の者が声高に向こうの相手へ話しだしました。
「そうそう、お通夜といえば、さっき出がけにお番所へ、妙な訴えをもってきたお坊さんがあったぜ。なんでも、小石川の仁光寺《
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