なく、まだそこには処分すべきいたいけな小娘お静と、すりながらちょっと戯れてもみたいようなあだ者くし巻きお由が残っていたものでしたから、帰りつくとまずお静にいいました。
「おそくまで待たして、さぞかし眠かったろう。でものう、お静坊、おまえのかたきは、このおじさんがいま討ってきてあげたぞ」
「えッ……では、あのやっぱり、もしやおじいさんのお侍……」
つい喜びに心のうちもいおうとしたのを、右門は押えて、いいました。
「いわぬほうがいい。そのあとは、みんないわぬほうがいい。いうと、おまえの人がらのゆかしさに傷がつくまいものでもないからな。のう、お静坊、さすがそなたは武士の娘だけあって、子どもながらあっぱれな者じゃな。ちゃんと心には気がついていても、そういう疑いはちゃんともっていても、家名の恥になると思って、このおじさんにさえほんとうのことはいわなかったからな。それも、憎いまま母なのにな――だから、みい。おじさんのこの目のうちをよくみい。おじさんはおまえのいじらしい心根に、このとおり泣けているんだぜ……」
いうと同時でした。右門の栃《とち》のような涙に合わせて、小娘お静は、うれしかったか、感激したか、わっとばかりにそこへ泣き伏しました。それをいしくもいじらしげな面持ちでしばらく右門は見守っていましたが、はっとしたように気がつくと、振り向いて、くし巻きお由のほうへいったものです。
「そうそう、たいへんな人のいらっしゃいましたことを忘れていましたな。さっき出がけには、まだ二、三日お頼みしなくちゃなるまいかとも思ったものだから、寝言でもさかだちでもご随意のように願っておきましてたっけが、お聞きのとおりの仕儀でござんすからな。あんたのようなべっぴんになにかと長居されりゃ、いろいろと世間のバカがつまらぬうわさをたてやがるから、早いとこ引き取ってもらいますかね」
「まあ! じゃ、だんなはほんとうに、あたしをご用弁にする気じゃござんせんでしたか!」
やや意外のごとき面持ちでしたが、右門はみずからもそれをいうのが涼しいといったような口調で、莞爾《かんじ》とばかりうち笑《え》むと、人の性の善をつきえぐるがごとくに柔らかにお由にいいました。
「人間は意気のもんです。あっしの心意気に少しでも見どころがあったら、八丁堀に右門のような者もいたことの記念に、もうつまらない小かせぎは、これっきりおやめなせえな。みりゃ、どこへ突き出したって玉の輿《こし》に乗られるご器量じゃござんせんか。だから、あすにでも堅気におなんなすってね、いい赤ちゃんでもお産みなせえよ。おたよりをくださいましたら、またそのとき産着《うぶぎ》の一枚も贈りましょうわい」
そして、みずから立ち上がりながら、玄関の格子戸《こうしど》をあけてやったものでしたから、なにとてくし巻きお由ばかりが鬼の心をもっていられましょうぞ! ――今ぞ真実心から人の性の善にかえり、悔悟の自責にこらえかねたものか、たもとですすり泣きの涙をおしかくしながら、黙々と重い足どりで表のやみに消えていきました。
そのうしろ姿を右門は会心の面持ちで見送りながら、ふとまた気がついたようにお静のほうを顧みると、やさしくいいました。
「そうそう、まだたいへんなことを一つ忘れていたっけよ。松平伊豆守様がまえからお小間使いをひとりお捜しだったからな。お静坊はあしたにもおじさんが伴って、お屋敷へつれていってあげようよ。おまえならば、おじさんが親代わりになってもいいからね」
いうと、そして右門はそっと近よって、感激のためにかいよいよそこに泣きよじっているお静のふっさりとしたうしろ髪を、黙ってやさしくなでさすりました。
底本:「右門捕物帖(一)」春陽文庫、春陽堂書店
1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tat_suki
校正:湯地光弘
1999年7月25日公開
2005年6月30日修正
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